真っ白いシーツの上に広がる赤を、間近で見ることの出来るこの状況とやらがどれほどの愛情と積み重ねられてきた努力と周りに居る連中の期待だとかその全てを複雑に絡めて、無駄にしてしまっていることを知っていた。
 滑らかな肌触りのする頬へ手を添える。
 生産性のないこの関係ではそれは傍から見れば無意味なことであり無礼を働くことであり、そして確かに、罰せられるべき罪の一つだった。
 真っ直ぐに見据えてくる翡翠色の瞳に、覗き込む自分の姿が映る。本来なら、対等に向き合うことすら難しい筈の、相手だ。納得は出来ない部分の方が多いけれど、理解は出来る、一つの常識。

 容易く触れることは許されない、貴い、人。

「―――なあ、ルーク。人を分ける男女の性が、その二つじゃない星があるって、知ってるか?」

 本当だったら今日中に船に帰れる筈だったところをあえて引き伸ばして借りた宿屋の一室で、堪え性も無く部屋に入るなり人のことをほとんど力任せにベッドに押し倒したかと思えば、第一声がそんな場にそぐわない言葉だったのだから、これにはルークも「はあ?」とそんな声を上げて怪訝そうに顔を顰めてしまった。
 押し倒して、馬乗りになって。
 そうして言葉を交わすのならもっと違う言葉を普段だったら言っただろうに、全く予想してもいなかった方向性の内容なのだから、不審に思ったところで別に悪くはなかっただろう。
 てっきり問答無用とばかりにひん剥かれて腹立たしいことに上から見下ろしているこの男の望むままにされるだろうとは思っていたのだが、あんまりにもわけの分からない話の振り方に、かろうじて自由になっている右足を思いっきり振り上げてやろうかともルークは思ったが、流石にその痛みが想像出来るからこそ仕方なくやめておくことにした。
 見下ろしてくるユーリの、眼差しこそ真剣だ。
 何を考えた上でのその発言かまではルークに分かることではなかったが、妙なところに結論を出しつつあることと、こうして触れ合うのも随分と久しぶりのことだったから、欲望にも忠実であることは似たような衝動を抱いていただけに、流石に察した。

 頬に触れていた手が、指先が、動く。
 明確な意思を持って、唇に、触れる。

 本能に忠実に従うか、話をしたいのか、どちらかに決めて欲しいと思った。
 その親指噛むぞ。

「……リタとハロルド達が話してたヤツか?一体どこの世界の話だか知らねーけど、もしかしたらそういう進化を成した世界もあるかもしれないって、なんかこの前騒いでた……」
「そうそれ、そいつ。まあオレもあんまり覚えてないけどな。エステル達が騒いでたんだよ。なんでもその世界じゃ女が子どもを孕ませることも出来て、男が子どもを孕むことの出来る性がある、とか」

 言いながら、唇に触れていた手を首に、胸板に、そして腹へと下ろして行くユーリのその指先の動きに、溜め息を吐きそうになったのと意図せず声が漏れそうになってしまった。
 こいつ一回マジで金的でも喰らわせてやろうか、なんて思いながら思いっきり不機嫌さを隠しもせずにルークはこの状況に追い込んだ相手を睨み付けたのだけれど、これもまた腹の立つことに通じやしないのだから余計に苛立ちが増す。
 これはバカなことを考えているな、と思った。
 余計なこと考えて自分追い詰めるのはお坊ちゃんの専売特許だな、と笑って言ってくれたのは、そちらの方だったろうに。

「オレを孕ませたいってか?んなこと罷り通る世界だったら、お前は触れることも許されないけど、その首と引き換えにしてでも無理やり抱くか」

 んなもしもの話なんてくだらない心底呆れたように言い捨ててやれば、それも悪くないかもしれないな、と呟くように溢した言葉を拾えてしまったのだから、これは重症だなとルークも思った。
 単純に、二人の間で子を儲けたいと言うのなら、その世界とやらは魅力的だろう。けれど碌に話を聞いていなかったルークだって知っている。

 その話には、続きがあることぐらい。

「―――それとも、運命の相手だって言って、番にでもなりたいのか」

 あるかもしれない世界のあるかもしれない人の形に、エステルやシェリアと言った、女性陣が楽しそうにはしゃいでいたのは大体がその話のせいだった。
 仮定の話だけれど、と前置きは必要だけれど、単純に男女の括りで収まらないその世界では、同性間での妊娠・出産が可能と言う話だけでなく、性別そのものに優劣があるらしい。優秀な人の上に立つことの出来る素質を持つアルファと、この世界のような一般的な男女であるベータ、そして発情期があると言う蔑まれるだろう存在であるオメガのその三通りだ。この性別とすれば六種ある、と言うことだろうがその辺りのことは別にこの世界のことでもないのだからそこまできちんと理解していなくても構わないことだろう。
 女性陣がロマンチックだと楽しそうに話していたのは、アルファ性とオメガ性には番と言う本能的な部分が探し当てるたった一人だけの相手と言うものが存在すると言うことだ。
 運命の相手、と言い換えても一概に間違いであるとは言えないのだろう。
 運命の相手と出会い、一度番にさえなってしまえばその繋がりは死ぬまで消滅しない唯一の関係性だ。
 本能の部分で選ばれるものならば、個人の理性だとかそういう問題ではないのだろう。可能性はいくらでもあるのだ。
 どちらかが死ぬまで消えない、たった一人だけと交わすことの出来る、本能が導いた、運命の相手。

 ―――たとえ王族と市民だろうが、明確な立場の違いにだって阻まれない、誰に責められることのない、そういう、形が。

「……まあ多少羨ましいのは否定出来る話ではないな。エステルの話に感化されたってのが情けない話だが、王族の責務がお坊ちゃんにもあるって理解してるし?閉じ込めれたらって思うけど、んなことしたら誰に殺されるか分かったもんじゃねーし。ガイとかヤバいだろ。躊躇なくぶっ殺される気がするわ」
「否定出来ないとこ持ってくんのはやめろっつーのバーカ。大体その前にフレンが許さねーだろ。てかマジこの話不毛過ぎていい加減ウゼェ。無駄なこと話し過ぎだろ」
「人が珍しく考え事してるってのに無駄なことって言い切るのは酷い話なんじゃねーのか?なあ、お坊ちゃん」
「言いながら人の体あっちこっち触ってるから信憑性がねーんだよ!あと無駄なこと無駄って言って別に悪くねーだろうがほんとのことだろ!」
「……流石に凹むんですけどオブラートに包むぐらいしてくださる気はないんですかねー、お坊ちゃん」
「……っ、オブラートに包んで欲しけりゃ、人の胸擦りながら言う真似なんてすんじゃねェ!!」

 ガツンッ!と。火事場の馬鹿力、と言うのとはまた微妙に違う気もしたが、それはともかく。根性で起き上がってその勢いのまま頭突きを喰らわせてやれば、鈍い音とそこそこなダメージ(若干相討ち)を与えられたようで、自分の痛みはともかく額を赤くしたユーリを見てルークは鼻で嗤い飛ばしてやった。
 そうして頭を引っ掴み、もう一度ベッドへ倒れ込んでやる。妙な話を聞いて考えてしまうことがあるのは、ルークだって知っていた。
 それこそルーク自身も何度も考えたことだ。
 誰に祝福されることも何かに繋がることもない関係だけれど、手放したくはないと思う、本来なら終わらせるべき、この、関係を。

「仮にオレがオメガでお前がアルファだったとしても絶対に番だとは限らねーし、オレがアルファでお前がベータだとか、むしろお前の方がオメガだったとしたら、そこでお前諦めんのかよ」

 運命の相手とは、はしゃいでいた女性陣だけではなくこんな関係を築いている身としても魅力的な、甘い言葉だろう。けれどそんなもしもの話じゃ余計に可能性はなんだってあるのだ。
 お互いにお互いが運命の相手ではなかったとして。
 本能的な部分が違う相手を叫んでいたとしても、それで諦めることが出来る、相手なのか。

「……悪い、オレが悪かった。今までの無しで」
「だから無駄だっつったんだよ。で、今の気持ちは」
「この世界に生まれてくれて良かったって叫びたい」
「……アホか」

 この手に在るあたたかさが、その、すべて。



END


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