〔1〕舌足らずにしかいろんな人の名前も物の名称も何もかもが言えなかったルークが、とうとう壊れて「あっちゅ、あっちゅ、あっちゅっちゅ」としょうもないリズムで名前を連呼し続けていた挙句本格的に「アッシュ」が「あっちゅ」としか呼べなくなった腹いせでローレライをぶん回し続けていたある日、ダアトに潜入調査中だとか言うアッシュがファブレ邸に帰って来た。までは良かったのだが、某日使用人が送り付けた写真を見て余程怒りが溜まっていたらしく、とりあえず邸の一角が吹き飛んでルークが泣き出したのをユーリはどこか頭が痛むのを必死で堪えて、とにかく中庭に転がる使用人からちょっと引き離すことに専念していた、そんな昼下がりのことだった。
久しぶりと言ってもいいのかここ数日の某使用人の暴走っぷりを阻止してきたユーリとしてはあんまりに疲れてちょっと判断がつかないが、それでも実際に会って話せると言うことにルークは・・・使用人がぶっ倒れていなきゃ素直に喜んでいるところであって、なんかもう早くマリィの奴引き取ってくれねぇかなぁ、とユーリは黄昏るしかない。
お互いに話すことがあるからとこのまま中庭でお茶会でもするような雰囲気だったのだが、何を思い立ったのかアッシュが「バチカルの街の、とある店に今注文をしてあるから少し待て」と言ったので2人揃って首を傾げたのだが、慌てて作って持ってきた店員に、なんだかちょっと本気で途方に暮れるしかないように思えた。



「・・・にしてもよくここまで持って来させるような注文出来たよな、お前」
「ローレライを使った方が早いとは思ったがな。流石に一度分解して再構築させる過程で炭酸が抜けたら元も子もないだろう」
「慌てて店員がここまで持って来る過程でも十分炭酸は抜けるしアイスは溶けるだろうけどな」
「そのフルーツパフェが気に食わないと言うのなら、すぐさまマリィに渡しても俺は構わないが」
「有り難くいただきます」


一体どこをどう転んだらこんな展開になるのか。ファブレ邸の中庭でお茶会をする為にセットされた机の上に、なんでかユーリにはフルーツパフェを、ルークにはクリームソーダが用意されていたりなんかするのだから、これにはもうユーリも苦く笑うことしかできない状況だったりした。いや、ほんとに「なんでこんなもん用意できたんだ?」と言うより「お茶会の予定がいきなりこれはどういうことだよ、おい」とツッコミを入れたいと思いつつも、久しぶりのフルーツパフェを前にそんなこと言える筈がない。生クリームの甘さが疲れた体に堪らないです。ありがとうございます。
初めてクリームソーダとご対面することになるのか、ルークは目を輝かせて緑色のジュースを見つめていて、これは店員の頑張りも空しくさよなら炭酸じゃねぇのかな、とユーリは思ったのだが、恐る恐るスプーンを握りしめて、上に乗っていたアイスクリームをつつこうとした時にすかさずフォローに入ったマリィは流石だな、と感心するしかなかった。自分で食べたかったと口を尖らせるルークはとても愛らしいが、スプーンを使ってコーンスープを飲もうとした挙句、テーブル一面にぶちまけたのは記憶に新し過ぎてちょっと洒落にならないです。


「それで、ダアトの方は大丈夫なのか?お兄様。あんまり空けてると監視とかの目が強くなんじゃねーの?」


とりあえずパフェを食すことに専念するかと突き刺さっていたメロン等の果物を口に含みながらユーリがそう聞けば、優雅に紅茶を飲んでいたアッシュが「その心配は無用だ」と返した。が、なんだか見た目と雰囲気がちぐはぐ過ぎて噛み合わなさ過ぎて、ちょっとこんな10歳児は嫌だなぁ、とユーリはそんなことを考えた。実際はこの見た目の年齢とは大幅に違っているとあらかじめ聞かされていても、大人びたその雰囲気には何をそんなに慌てて成長したんだか、と思う反面、事情を知り過ぎていて突っ込めない部分の方が多く、口を噤むしかない。
見た目と中身が別の意味でちぐはぐなお嬢さん(禁句)は、上の部分であるアイスクリームをマリィに食べさせてもらっては満面の笑みを浮かべているので、場が和むよりも頭を抱えたくて仕方なかったりもした。目を輝かせてマリィに「あーん」と言われながら「あー」と口を開いて、アイスクリームを食べるべくスプーンを咥える。冷たいのか一度ぎゅっと目を瞑って頭が痛むのをどうにか堪え、けれど普通のアイスとは違ってメロンソーダの味もほのかにするのか「バニラの味が変わってるぞ!アッシュ!」とびっくりして、けれどどこか嬉しそうに目で訴えるルークはなんだかもう完全にお子ちゃまだった。びっくりするぐらい、なんかもう3歳児と言ってもあんまり変わらないような気もしてきた。・・・通訳係のローレライは中庭に転がっていると言うのに、わざわざ拾い上げて訳させなくとも多分、間違っちゃいないのだろう。


「まあガイから手紙行ってんなら分かってるかもしれねぇが、相変わらずこっちは見ての通りだ。ようやく自力でその場に立ってることと座ることが出来るようになったってぐらいなだけか?歩くのはちぃと無理だが、食事はスプーンで可能な時が1日に1回・・・あればマシか」


先日の無謀過ぎる挑戦の結果、食事をまるっとぶちまけたあの悲惨過ぎる光景を思い出してついつい、げんなりと言った様子でユーリがとりあえずの報告をすれば、どこから
取り出したのか。そしていつの間に復活したのか実は変態だった使用人がアッシュに対してさっととある一冊の本・・・日記を差し出したその気持ち悪さに、華麗に中庭の地面に撃沈していた。目にも留まらぬ速さの烈破掌だった。兄妹揃ってそのチョイスかとユーリは地面に転がる使用人に更に技を畳み掛けるアッシュの姿を眺めつつそんなことを思っていたが、まあ庇えることでも庇いたいと思うことでもないので、放っておくことしか出来ない。育児日記と書かれた冊子を渡した、ガイが悪い。


「その体を動かせるようになるにはかなりの時間が必要だからな。なかなか根気の必要とするリハビリになるだろうが、気長に付き合ってやって欲しい。必要なものがあればマリィを通じて母上に頼んでくれ。害を通したら要求が180度違って返ってくるからな、絶対にやめろ」


再び紅茶を飲みつつ話すアッシュの言葉に、「お前はルークの母親か」と言いたかったところはそんなとこだったが、マリィによって引き摺られて行くガイの姿が見えてしまえば、大人しく頷いておくことしか出来そうにはなかった。どうやら相当碌でもないことを『育児日記』に書いたらしく・・・凄まじく機嫌の悪いマリィの居る前で苦笑い以外の反応をすれば、容赦なく口にフレンレベルの暗黒物質と化した料理を突っ込まれるところだろう。
弟は料理をそつなく熟すと言うのに、姉は淡々と冷静に暗黒物質を作るのだから質が悪かった。しかも美味だと称して平然と自分でそれを食べるのだから、ある意味なんと突っ込んでいいのかわからない腕前の持ち主である。
・・・触らぬ神に祟りなしとは、昔の人はよく言ったものである。


「んな無謀な真似は流石にしねぇよ。こっちはこっちで自由にやってるからな。その辺のことはいくら時間掛かろうが、別に構わねぇし」


そこは本心だったのでわりと素直にそう言えば、意外そうにアッシュは一度目を見張ったものの、容赦なく弟にモップで秋沙雨を決め込んだ金髪メイドの姿が見えてしまったのでなによりもまず、視線を逸らして見なかったことにしたようだった。あれぐらいのことなら日常茶飯事なんだけどな、と思う辺りユーリも慣れてしまっている部分があるのだが、まあ一番最初の教育的指導の際に、容赦なく「閃覇瞬連刃」を決めたマリィを目にしている分、他のインパクトが薄れたのは仕方ないことのように思えないこともない。どこで習得してきたその秘奥技、などツッコんだら最後2度と明日は訪れないだろう。
席を外すまでの間にアイスクリームは全部食べさせてもらったのか、ルークは親友の危機に気付けることもなくストローを咥えてメロンソーダを飲んでいたのだが、何に気付いたのかハッと目を見張って、それから慎重に何かをし始めたらしいが、アッシュの話を聞くべきかとスルーしたことが、とりあえずユーリの最初の間違いだった。


「それよりもアッシュ。お前に聞きたいことが山程あるんだが、とりあえずあのポンコツチーグルはお前んとこに一緒にいなくてもいいのか?こっちに居ても何の役にも立ってねぇんだけど」


さらっと言うには中庭に転がっていたそのチーグルが「がーん!」とショックを受ける場面ではあったが、それに何かしらの反応を示すよりも先に、いきなりブクブクブクッ、と妙な音が聞こえたのだから、これにはアッシュと揃ってユーリも固まるしかなかった。視線が1か所へと集まる。音の正体は改めて考えずともルークが何かしらをしたせいだとは分かっていたのだが・・・・おい、待て。お前はほんとに何歳児だ。


「うう!あう、あうっ、あー!」


最早まともな言語からかけ離れ過ぎていて全くユーリにはわけのわからない異世界の言葉ではあったが、目を輝かせて一旦口から放したストローをもう一度咥えたルークに、凄まじく嫌な予感がかなりしたが、止める機会は思いっきり見過ごしてしまってからだったりもした。
ストローを咥えていたルークが、メロンソーダを飲むのではなく、こぽこぽと空気を送り込む。ブクブクブク、しゅばーっ、と。どこぞの使用人が居れば悪乗りして更にルークの行動に拍車を掛けただろうが、この場に不在な以上なんかもうどうしたらいいのか分からない空気だったりもした。
うん、まあ可愛いけども。空気送り込んでブクブク遊んでるのは俺は別に構わないけども・・・お貴族様なアッシュからすれば、それは作法的にアウトな気がするんだが。


「あっ!」


ブクブクブクブク空気を送り込んだツケがその時になって訪れたのか、泡が立つのが面白くて遊んでいたルークの目の前で、そろそろいい加減にしろよボケ、とでも言うように泡立ったメロンソーダがコップから溢れ側面を伝い、テーブルにじわじわと広がり始めたものだからなんかもうしょうがねぇなぁ、とユーリは頭を抱えるしかなかった。
余程ショックだったのか呆然としているルークの瞳に涙が浮かび、「ふあっ、ふあっ、ふぁあ・・・」と声を漏らすその姿はなんだかもう完全にお子ちゃまだなぁ、ともう何度目かの感想を抱かせるのだが、そういう問題ではないのだろう。初めてご対面したクリームソーダにいくらはしゃいでいたとは言え、流石にこれは行儀が悪いことだとは、ユーリだって分かった。



「・・・誰が食い物で遊んでいいと言った!この屑がぁああああーーーっ!!!!!」


当然怒鳴り散らしたアッシュの言葉に、屑は流石にダメだろうとユーリは思ったが、どちらが正しいのかと言えば考える間でもなかったので、放って置くことにしました。





※ ※ ※

もう少し続ける予定でしたが時間がなかったのでここまでです。
話は全く進んでいないと言う・・・orz



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