〔1〕よく分からん会談をひとしきり終え、ようやくファブレの邸へと進められた時には既に高く登っていた陽も落ち、とっぷりと完全に暮れてしまった、そんな深夜近くのことだった。
これからファブレ邸で『ユーリ・ローウェル』と言う全く知らない未だに人を抱きかかえている少年とセットで面倒を見てくれるらしいという結論にルークは全く着いて行けていないのだが、また鳥籠のような部屋をあてがわれると言うのには何だか懐かしさも覚えて、表情を変えれるものなら苦く笑いたい気分でもある。
もう夜遅くとのことだから控えるメイドも白光騎士団も騒がしくないよう努めているようだったが、おそらくこの世界でも世話役になるだろう、あんなにも愚かだった…今も愚かな自分を、親友だと言ってくれた彼は居ないのかと思って視線をどうにかさ迷わせようとして、固まってしまった。

いや、確かに金髪だけども。
心優しい庭師も居たしあの悲しい出来事はあってしまったのだとは分かったのだけども。

………マジですか。


「お帰りなさいませ、ルーク様。公爵様よりお仕えするよう命じられました。マリィと申します」


恭しく頭を垂れた金髪のメイドに、思わず卒倒しそうになったのは仕方ないんじゃないのかなぁと思った。
マリィ、ああ、マリィさん。
どっからどう見てもマリィベルさんですよね、ガイのお姉さんの。

……なにして下さったんですか、アッシュさん?






〔2〕自分の関与しないところであそこまで恥をかけたのはなかなかに無い経験だったな、と。鳥籠のような正直に言ってあまりよく思えない印象しかない部屋へ通されるまでひたすらユーリはそんなことを考えていたのだが、現実を直視すれば直視しただけ、何だかマジでそのまま止めでも刺してくれと思わないこともなかった。
聖騎士て…お前、そりゃねぇわ有害電波と糞ガキめ、なんてついつい思ってしまったのはあのよく分からん城で「お前はこの世界の字は読めないんだろ?なら見ても意味は無いだろうが」などと言われて手紙の内容を一切教えてくれなかったのだから、それで納得した自分は油断していたと言うよりは、やっぱりまだ頭の中で事態を受け止め切れていなかったらしい。
依頼の報酬で宴会をしている…いや、していた、になるのだろうが、腹が捩れる程笑い転げているレイヴンが簡単に想像出来たので、八つ当たりを兼ねて脳内でぶん殴っておいた。
ああ、確かに向こうでもおんなじような称号貰ってたよ。指差して笑うんじゃねぇカロル。いや、だからって喜ぶのはおかしな反応だろ、エステル。


「…さて、とりあえずもう寝た方がいいんですかね、と」


腕に抱きかかえていた重みにそろそろ眠気やらが手伝って辛くなって来たから、馬鹿みたいに広く大きなベッドに転がしてやれば、鋭い視線で緋色のチーグルの仔に睨まれたから、お前がなら寄り添ってやれとベッドの上に同じように放ってやった。
ぼて、と鈍い音を立てた魔物の仔が、ずるずるとそれでも朱色の髪をした少女の元へと進むのはいっそ何かのホラーのようで、結構不気味に思えてしまう。
押し付けられた少女から何かしらの不満は訴えられると思っていたのだが、その予想に反して少女はただ必死に、動くことも儘ならないだろう手を、それでもどうにか動かして腕を掴もうと、伸ばしていた。

指先が宙を掻く。
必死に、訴える想いは、この場合一つなのだろうか。

引き攣る咽では、言葉を紡ぐなんて不可能だ。
それでも、少女は諦めない。
ここは自分の場所ではないと。
居て良い日溜まりではないのだと。

『ルーク』を返して、と言っているようにも思えた。
それと同時に、理解する。
彼女の元となったあの少年が、どうしてああも、星をも違う、第三者へと、縋ったのか。


「明日になったら全部話してやるよ。だから、今は眠れ。な?」


あやすように頭を撫でてやればそうして眠ってしまうその少女に、言葉を告げる術が今ないことは、果たして良かったことなのか、悪かったことなの、か。









脳裏に浮かぶ朱色の子どもは、あどけなさをどことなく残しておれど、美しいと称しても良い程の、可憐な少女だった。
8番目の星の記憶の中。
何の手違いだか知らないが、神サマとやらに押し付けられたこの記憶を、本気で熨斗付けて送り返したいと思ったのは、この世界に呼び出されて一週間と経っていない間で、何度思ったか知れない。
ある一場面でしかなかったが、よくわからない幻想的な雰囲気も漂っているような、淡い光の放つ柱のような物へと続く回廊で、緑色の髪をした子どもを担ぐ胡散臭い男の後ろに、少女は穏やかに笑んで着いて歩いているのが見えた。
なるほど星の記憶とは過去をこんな風に見ることが出来るのか、なんて思えたのはそこまで、で。

『ごめんなさい、師匠。俺、本物のルーク・フォン・ファブレじゃないんです』
『ダアトに亡命しないかって師匠の言葉、本当に嬉しかった。でも、もういいんです。もう、痛いの嫌なんです』
『邸も外も変わらなかった。いやだって言っても、誰も聞いてくれない。やめてって言っても、俺の言葉なんて届いてくれない…公爵様みたいに』
『いたいのもう嫌なんです…外も、邸も、もういたいのはいや…だから』


『師匠、どうか、きちんと出来たら、俺を殺して下さいね』


穏やかに笑んで言った少女の言葉に、意味が分からないのであればどれだけ良かったことかと思わずにはいられなかった。
胡散臭い男も流石に理解したのだろう。
冷たいばかりの瞳に混じった複雑な感情に、見ているばかりしかないこちらの方がよっぽど複雑だと詰ってやりたくもなってくる。
淡い光の放つ柱が消えた時。
約束通りに少女の華奢な体を剣で貫いた男を、そこまで許せないとは思えなかった。

あんまりにも幸せそうに、彼女が笑うから。


(それは『彼ら』が失敗した、8番目の、記憶。)










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