龍の鬚を蟻が狙う


鏡を覗くと、不安げな俺と目が合う。
自分じゃよくわかんないが、普通に髪長くなって女の制服着た俺な気がする。
てか最近のヅラはすごいな。
ほんと自然だ。

「何言ってんの!?早く井上くんに見せてあげて!」
「何で井上?」
「暁ちゃんの女装世界で一番楽しみにしてたから!」
「は?なんだそれ」

いーから!と言って俺の背中を押し、井上がいる隣の教室に連れてく。

入ると、みんながこっちを見た。
な、なんだこれ。

「かっ…」

か?


「かわいいいぃぃぃ!!!」
「わあっ…」

そう言って井上が飛び付いてきて、よろけそうになった。

いきなり教室がうるさくなる。
なんだなんだ。

「なになになにー!かわいすぎる!女の子じゃん!もう俺のお嫁さんなるために生まれてきたとしか思えない!てかそれ以外認めない!」

そう言って頬を俺に擦り合わせたあと、ケータイ、デジカメ、使い捨てカメラを駆使し、撮影しはじめた。
なんなんだ。

「アキちゃん制服超似合うね!どっからどう見ても女子高生だね!」
「え?ちょ…」
「アキちゃん、もっとこう、お尻を突き出す感じのポーズお願ーい」
「は?や、やだっ!」

パシャパシャ、フラッシュを俺に浴びせながら、話しかけてくる井上。
なんでだ?
何で写真撮ってんだ?
俺の残念な姿写真に納めておこうみたいな感じか?

「う゛ー…!」

耐えられなくなり、俺は教室を飛び出し、逃げた。
スカート走りにくい。

「あっ!アキちゃん!」

準備に忙しいのか廊下はほとんど人がいなくて、安心した。
どっからどう見ても気持ち悪い女装のこんな格好、見られたくない。


屋上まで行くと、屋上に加賀見と三上がいた。

げ。

二人に気づかれないように、逆方向に回り、入口の影に隠れながら、煙草を吸った。

校内はもちろん禁煙だが、俺には関係ない。
こんな格好させられて、我慢しろって方が無理だ。

スカートって脚がスースーする。
膝が隠れないって落ち着かない。
よくこんなので生活できるな。


「あ、あれ…?暁?」

後ろから三上の声がした。

やばい。
気づかれた!
何でわかったんだ?
後ろ姿でもすぐわかるような気持ち悪さなのか?

逃げる体勢になろうとすると、手首掴まれて、壁に押し付けられた。
目の前には加賀見。
こんな格好見られたくねえよ。
加賀見の視線に耐えきれず、俯く。
もう泣きそうだ。

「ぃでっ」

顔を上げられずにいるといきなりビンタされた。
ひどい。

「案外似合ってんじゃねえの?」

…俺、加賀見に気ぃ遣わせるほどひどいのか。
ああー…。

三上が加賀見の後ろから顔を出した。
俺が逃げないとわかったのか加賀見は手を放してくれる。

「井上がさあ、暁が女装するんだって言ってて俺も楽しみにしてたんだよー」

三上の言葉に涙が溢れそうになる。
自分からやるって言ったけどもうやだ。
無責任だと言われてもいい。
投げ出したい。

「暁かわいーじゃん。制服似合ってるし。女にしか見えない……って何泣いてんの!?」
「っ、うるさい…!」

三上が俺の頬を両手で挟んで視線を合わせる。
それに俺は泣いてない。
泣きそうなだけだ。

「暁、かわいい…」

「泣くなよ」

加賀見が横から低い声でそう言い、俺と三上を遮る。
加賀見怖い。

はいはいと言って三上がぱっと俺から手を放す。
加賀見を見上げると、無言で俺の両頬を手でバチンッと音をたてて挟んだ。

「いてっ…」

なんだよいきなり。
文句言おうとすると不機嫌そうに睨まれ、何も言えなくなった。

もうやだ。







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