龍の鬚を蟻が狙う


「が、はっ…!」

新田の声がしたと思ったら、俺の腰を支えていた手がいきなり離れ、ベシャッと地面に倒れた。

「うぐっ…」

腹を思いっきり打った。
さっき蹴られた場所に当たる。
いってぇ。

何事かと思い、新田を見ると、少し離れたところに転がっていた。

え?
何で?

「てっめぇ!新田さんに何してくれてんだ!」

え、誰?

暗い中、目を凝らすと、見覚えのある人影が見える。

なにこれ、俺の願望?

いや、後ろ姿しか見えないけど加賀見だ。
ちゃんと加賀見だ。
何でここにいるんだ?


舎弟の一人が加賀見に拳を振りかぶると、加賀見はその手を掴み、曲げちゃいけない方向に曲げた。

ゴキッ。

好きになれそうにない音。
それから一瞬置いて

「あ゛ああああああ゛あああ!!!」

絶叫。
肘から下が可笑しな方向を向いていた。

動かない腕をもう片方の手で持ってうつろになりながら叫んでいる。

もう一人の舎弟はそれに一瞬怯みながらも、加賀見に突っ込んでく。
加賀見が蹴ると、舎弟はビックリするほど遠くまで飛んだ。


吹っ飛んだ舎弟は未だ叫び続けるそいつに掛けより、目を覚ませと言うように肩を揺する。
おい、そんな揺すったら腕に響くんじゃねぇの?

「や゛あ゛め゛え゛ろ゛お゛おおおお!!!」

やっぱり響いたのか、肩を揺する手を振り払い、動く方の手で目の前の顔面を殴った。
…あーあ。

振り回す手に合わせて、動かない方の手が不自然に揺れている。



舎弟たちが少し静かになると、何か声が聞こえてきた。

「ああ゛っ…!うあ゛っ…!やめっ…!あ゛ぐっ…!」

今度は何だと、声の方を見ると、転がっていた新田の顔面を加賀見が馬乗りになって殴っていた。

定期的に加賀見が殴る音と、新田の呻き声が聞こえる。
新田の口からは唾液と一緒に血が飛び散り、それが加賀見にもかかった。
服が赤く染まる。
髪と同じ赤。

加賀見が新田の肩を掴む。

何をしようとしているのかわからなくて、見ていると、加賀見がグリグリ前後運動をしたかと思うと強く新田の肩をスライドさせた。

あ、

「ぁ゛あ゛!?あ゛、あ゛、ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

肩、外した。

新田はじたばた暴れようとしたが、その動きが肩を刺激するとわかるとピタリと動かなくなった。

加賀見はもう片方の肩を掴んだ。
新田の口がぱくぱく金魚のように動いたかと思うと

「があ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛っ…!!!!」

また外した。

随分大人しくなった新田の口に加賀見は手を突っ込んだ。
数秒後、口から勢いよく手が出てくる。

「ぎぃい゛い゛い゛ぃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」

新田の絶叫に驚く。
加賀見の手を見ると何か白いものが人差し指と親指の間にあった。
それを放り投げるとカランカランとそれが転がった。
飴?

…いや、歯だ。
うわ、無理矢理抜いたのか。


少し加賀見たちに近づくとさっきは聞こえなかった新田の声が聞こえてきた。

「やめ、や、やだ、やめてくださ、ごめ、おねがいしま、…」

加賀見は新田の胸ぐらを掴み、顔を引き寄せ、ぞっとするほど冷たい声で問う。

「なあ、あいつもやだって言わなかったか?そんときあんた、やめたのかよ?」

俺の角度からは加賀見の顔は見えないけど、きっと見たこともない顔をしてるに違いない。
声の威圧感がすごくて、俺が言われてる訳でもないのに、動けなくなった。

離れてる俺でも怖いんだから、新田はどれだけの恐怖を味わっているんだろうか。







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