龍の鬚を蟻が狙う


放課後、車で校門を出ると、こっちに向かって手を振る陸(リク)が見えた。
窓を開けてスピードを落として近寄る。

すると陸は、いきなり吹き出し、笑い始めた。
ぶははははっ、という笑い声に驚く。
なんだ?

「は?なに?」

こいつ大丈夫か?
おかしくなったのか?
腹を抱えて、腹痛い、腹痛い、って連呼してる。

「スーツっ…」

笑いを堪えながら、必死に話す。
スーツ?
そういえば、朝、俺が家出るときには陸は寝てたし、スーツ姿見せるのは初めてかもしれない。
でもスーツの何がおかしいんだ?

「あきっ…おま、就活かっ…くく」

就活?
失礼な。
ツボにハマったのか、笑い続ける陸を軽く睨んだ。
さすがに怒るぞ、という意味を込めて。

あーもう可愛い可愛い、と言って頭を撫でられた。
なんだそれは。
大人しく撫でられていると、ニッコリ笑いかけられた。
犬か、俺は。


「とりあえず、乗るか?」

助手席を指して聞くと

「あ!あきちゃーん」

井上の声がした。
う、うるさい。
よくそんなでかい声が出るな。

井上がこっちに走って手を振っている。
その後ろでは煩そうに、耳を押さえてる加賀見と三上が見えた。
陸を見ると少し驚いた顔で、井上の方を見ていた。


「…誰?」

井上は近くまで来て、陸を見ると俺が見たことない顔で陸から目を離さず俺に質問した。
笑ってもいないし、無表情だが、陸に敵意を向けているのは明確だった。

何で?
井上にびっくりしていると

「暁の生徒?」

陸が俺を困ったように見て、尋ねてきた。

「あ、ああ。そう」

加賀見と三上も井上の後ろにいて陸のことを紹介する。

「うんと、昼休み話してた、高校の友達」

とりあえず沈黙が怖くて続けて紹介する。

「で、この三人は俺の生徒」
「そっかあ。暁が先生とはねえ…」

プクク、とぶり返したように、笑いだした。
俺が呆れたように見つめると、それに気づき、コホンとわざとらしく咳をした。

「暁の友達の安藤陸(アンドウリク)です。えーっと…暁がいつもお世話になってます」

井上の敵意も物ともせず、三人に、にっこり笑いかける。
高校時代、この笑顔に何人もの女の子が落ちていくのを見てきた。
金髪でチャラチャラしてたけど、女の子には優しくて、すごくモテていた。
顔も綺麗な方に入るし、あの時期の女の子はちょっと不良じみた男のこに憧れるから、そんなイケメン不良が優しくしてきたら、そりゃあコロッといってしまうのも、しかたないのかもしれない。
その頃の俺はというと、自分の意思とは関係なく、陸によって見た目が派手になっていき、目をつけられて、ケンカをよく売られたが、一回腕を浅く切られてからケンカは見学という結果になった。
正直、舐めときゃ治るような傷で、俺は見学なんて嫌だって言ったのに断固として拒否された。
未だに意味がわからない。
陸はさらに、最近料理も覚えたらしく、昨日作ってくれた晩飯も、今日の弁当も、それはもうおいしかった。
家庭的な男なんてさらにモテそうだ。

少し、自分の世界に入っていた。
井上の声で現実に引き戻される。

「いえいえ〜、こちらこそ、うちのアキちゃんがお世話になってますー」

うちの、を強調したのは俺の勘違いだと信じたい、うん。

このよくわからない険悪ムードから逃げたくて

「結局どうしたんだよ?俺んちにいればよかったのに。帰んのか?」
「ああ。だから鍵渡しに来た」
「おう。どうもな」
「ん、じゃーな、俺の暁」

俺の前髪を掻き分けると、おでこに、ちゅっと口づけ、鍵を渡して帰っていった。
こいつまで、俺の、を強調したのはまた俺の気のせいだ、うん。

井上は、あ゛ー!と恐ろしい悲鳴をあげて、服の袖で俺のおでこをゴシゴシ拭いた。
痛い。
陸のこのスキンシップ?は高校の時からで、もう慣れた。

「アキちゃん、おでこ真っ赤だねえ」
「いや、お前がしたんだろ」

いつもの井上だ。
嬉しくて思わず笑ってしまうと、あーよしよしよしって俺の頭を抱き締めながら両手で撫でてくれる。
だから、俺は犬じゃねーって。

加賀見は、ずいと井上を押しやり、俺の頭に思いっきりゲンコツを…

「いでーっ!」

考えらんねえ。







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