気を遣うなと、彼女にはしっかりと伝えた。けれどまあ急には無理だということなのだろう。甲高い声で少々怒りが増幅してしまったが、時間が経てばそれもおさまって。
そして落ち着けば落ち着くほどにモヤモヤと余計な考えが生まれてきてしまう。
「菫ちゃん」
『…あれ、宮くん。珍しいね、この時間に来るの。』
「なんや侑くん。友達おらんのか?」
「あー三谷おったんや、視界に入ってなかったわ。」
これは彼女に聞くべきか。けれどそれがもし侑にとってマイナスな事なら。授業中、そんなことばかりを考えてしまい何度も当てられまくった。
それでも全く思い付かずこれでまた気まずくなってしまうなんて御免だと、会いに行こうと決めた次第である。夏休みの時みたく、顔を合わせて話せば解決するだろう。安易ではあるがこれ以上の案は出ない。
その為お昼休みに入ってすぐ弁当の包みを持ったまま菫のクラスに向かえば、ちょうどお弁当を広げていた菫が居た。
『宮達ならさっき部室行ったよ?』
「ちゃうねん、今日はあいつらと一緒に食う予定無くてな。」
「………おいおいまさか」
「菫ちゃん一緒に飯食お。」
「………………」
驚愕する三谷。目も口も開いただらしない顔のマヌケさが面白い。反対に菫は何度か瞬きをしているという愛らしさ。モヤモヤなんて吹っ飛んだ。
お邪魔しても良いかと侑が更に聞くと、菫も戸惑ながらではあるがゆっくりと頷いてくれた。三谷の意見は丸無視である。
「どうなっとんねんほんま…!!」
『まあまあ、たまにはいいじゃん。」
「ほなごめんな三谷、邪魔するわ。あ、菫ちゃん隣ええ?」
『うん、どうぞ。』
ここで侑の機嫌は一気に急上昇だ。全力で拒否してくる三谷なんてどうでもいい。椅子を持った侑が菫の隣に座ると、ふわりと柔らかい香りが侑の鼻口をくすぐった。こんなに至近距離に彼女が居るのは初めてである。ほんのりとしか香らなかったそれが途端に近くに感じ、侑の顔はだらしなく緩んだ。
「お弁当可愛いなあ」
『ホント?お母さん喜ぶ。』
「あれ、菫アンタ今日はフルーツないん?」
『うん。昨日買い忘れたって言ってた。』
「前のオレンジめっちゃ美味しかった。」
「……」
一見仲良く昼食をとる三人。実際のところ侑の話を三谷の遠回しな自慢が邪魔しているのだが、菫は相変わらず双方にしっかりと対応している。
三谷ありではあるが、こうして彼女と一緒に居られるのは嬉しいことだ。あの困ったような笑顔ではない、最近良く見せてくれる素の笑顔。やはりこちらの方が侑は好きだから。
何故あんな表情をしたのか気にはなるもののこの空気を壊すことは得策ではない。威嚇されても怖くない三谷しかいないこのチャンスを生かすべきだ。そう頭の中の冷静な自分に諭され、侑はにこやかに三谷を視界に入れないまま菫を見る。
「……菫ちゃん、そろそろ名前で呼んでくれへん?」
距離を感じていた理由は、もしかしたら。呼ばれ方なんて特に気にしてもいなかったし、むしろ当たり前だった侑にはそもそも頭には無かったが。先程菫が口にした三谷の"あだ名"にキュンと胸が締まった感覚がその仮定を浮上させる。
『え?あ、うん。……侑、くん。』
少し詰まった後、可愛らしい唇から出た自分の名前。頭にあった予想の何倍もの喜びに、侑は耳を真っ赤にさせて笑った。
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