少し柔らかくなってきた朝の日差しに、すっとするほど晴れた空。いつもより何倍も気持ちよく感じる風。
今日から二学期が始まる。
「ところで菫っ…菫、菫ちゃんっ…はまだやろか…!!」
「キモ」
「キモいわ」
「さすがにちょっとキモいぞ」
「やかましいほっとけ!」
顔を赤面させてどもる侑。朝練前からずっとこの調子だ。何を言われても、侑はひたすら菫の名前を連呼していた。
それもこれも全て、あの夜彼女に許可を得られたからだ。
あれから緊張で連絡できずに遂に夏休みが明けてしまった。その間たまたまばったり、なんて偶然も菫からお誘いが来るなんて奇跡も勿論起こらず。去年となんら変わらないバレー漬けの夏休み。しいて言うなら、連絡を寄越せとしつこく言ってくる"彼女"という存在が居ないだけか。特になんとも思わない。そりゃあ菫がそれならいいのにと願ったのはこの短期間で何度もあるけれど、ただ単に彼女が欲しいなんて欲求は全く無かった。これを言えば侑も変わったのかと銀島が涙ぐんでいた。
「今日遅いね。」
「せやな。」
「……風邪か?エアコン効きすぎて身体冷えたんちゃう?こらあかんはよ連絡しな、」
「そこまで妄想できんのは最早才能やで侑…」
「ただのストーカーやろ。」
治の教室の前で群がる侑と銀島。角名は付き合ってられないと既に教室に入って行った。もうすぐで始業の鐘が鳴ってしまうというのにあの可愛らしい姿は未だに見えず侑がソワソワし出す。珍しくついてきた銀島が呆れたような顔をしている隣で、治は冷たい目で侑を見ていて。
しかしそれどころでは無い。始業の10分前には必ず教室に居る彼女が、未だ現れないのだ。
侑達もそろそろ教室に向かわなければHRに遅刻してしまうと、後ろ髪を惹かれる思いで踵を返せば。侑の背後からパタパタと音が聞こえ侑は勢いよく振り返る。
生徒がまばらになった廊下に、揺れる綺麗な髪。けれどいつもより束になったそれはさらさらというよりもフワフワしていて。
「おー。遅かったな。」
『あーおはよう宮!よかった間に合った…!』
息も絶え絶えに立ち止まった彼女はほんのり額に汗が滲んでいる。遅刻しそうだと走ってきたのだろう。間に合ったことへの安堵か、弾けたような笑顔に侑は全身の血が沸騰したように熱くなった。
ポニーテールだ。菫がポニーテールをしている。
『2人もおはよう。』
「お、おはようっ」
治と一緒に居たからか、その大きな目が侑と銀島を映す。可愛らしい笑顔に変わりはなく、言葉を交わしたことのない銀島にですらこの満点の愛想。もれなく銀島までもが赤面して。
そうこうしているうちに廊下には生徒がほとんど残っておらず、銀島はハッとしたように呆然と立った侑の背を押した。
「おい何ボサッとしてんねん!はよ行くぞ!」
『頑張って、あと1分くらい!』
治が先に教室に入る。菫が慌てたような彼らに声を掛けると、侑と菫の目が合って。
今しかない。侑はそう意を決し喉に引っ掛かっていた言葉を口にした。
「おはよう、菫ちゃんっ」
返事を聞く前に、銀島の手で侑の身体が離れてゆく。数歩歩いて侑が振り返ると、こちらにひらりと手を振って教室に入っていく菫の姿があった。
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