菫が来るとは言われてない。もちろんそれを匂わされても。それでももし、彼女が居たとしたら。
たったその可能性の為に、侑は念入りに身支度を済ませた。
「おーい治ー!」
「あれ!侑来たんか!」
Vネックの黒Tシャツにデニム。そんなラフな格好ではあるが、この体格故一番似合うと誰からでも褒められるもの。髪型は言うまでもなくバッチリだ。治のクラスメイトらしき人物達が集まっている駅前の集団がこちらに手を振ってきており、彼らはどうやら治に並ぶ侑にも気付いたようで。いつも通りにこりと笑った侑と、特に表情の変わらない治が同時にひらりと手を挙げる。
そんな中侑の目に入ったのは。
「一番近いとこってどこになんの?」
『それ私に聞くの?ねえなっちゃん、』
「あんたらここら辺知らんもんなあ。」
水色のストライプのワンピースを身に纏い、髪を緩く巻いた菫だった。その爽やかさに暑さも忘れてしまうほど。楽しげに目を細めて三谷と角名と言葉を交わす彼女は、侑の目には誰よりも可愛く写っていた。
そして彼女の目がこちらに向く。その瞬間、少しだけ遠慮の色が見えて。様子を窺うような、気を遣うような。眉を下げて困った様に笑った菫にズキンと胸が痛む。
折角菫に会えたというのに、この痛みはなんなのか。すぐに答えは見つからない。
「中原さん」
『宮くん、来てくれたんだね。』
「…?」
ごめんね。続けてそう言った菫。声をかけた侑が予想外の言葉に固まれば、それを見た菫が肩をすくめる。
どういう意味なのだろう。自分は一緒に行くかとだけしか聞かれていない。
『宮、言ってなかったんだ。』
「言う前にツムが返事した。」
並んで顔を合わせる2人。特に悪びれた様子もない治に菫は仕方ないかとまた困ったように笑って。2人の口ぶりからするに、先程の治の電話相手は菫なのだろう。
その気を遣わない関係を羨ましくも感じるが、治は自分に何か伝言を頼まれたらしくその内容を目線で催促する。しかしながら片割れはそれには応じてくれず。ふいっと顔を逸らした治に変わって返事をしたのは菫だった。
『気分転換に宮くんもどうかなって、言ってたんだ。良かった、来てくれて。』
元よりクラスが違うのだから自分が声をかけられたのは単に治とセットだからだと思っていた。それなりに仲の良い連中も居るし、なにせ頻繁に彼らのクラスに足を運ぶうちに友人が増えている。
それがまさか、菫の気遣いだったなんて。
少しでも自分のことを考えてくれていたのだと嬉しくなると同時に、遠慮がちに笑う菫を見て侑の胸はまたズキンと痛んだ。
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