売店も営業が終了したロビー。殆ど人の気配も無く、極たまに浴衣姿の一般客が通るほど静まり返っている。その中で、必死に精神統一をする侑。
〈遅くにごめんな。時間あったらちょっと喋らん?〉
勢いのまま送ったシンプルな誘い文句。そしてその次に続く、"いいよ、ロビー行くね"という短い返事。
改めて思えばもっと他に言い回しがあっただろうに。もう少し優しくそれでいて菫の心を掴めるような。自分をそう責めてもみるが、菫が来てくれることになったのならまあセーフということかと心臓を落ち着けるように息を吸う。
それから大きく息を吐くと、エレベーターから降りてきた人影を見つけ緊張しつつも侑は手を振った。
「ごめんなわざわざ」
『ううん、全然だよ。』
「あっち座れるとこあるから行こ。」
『うん。ていうかここ人全然いないんだね。』
「そうやねん。おばけ出そうやんな。」
『もー、ヤなこと言わないでよ。』
バスの時より空いた距離。当たり前だがまるでそれが侑と菫の心の距離を表しているようで少し寂しくなって、冗談を言って誤魔化した。
ポツポツと適当な会話をしながら向かったのは、侑が風呂上りのホテル探索で見つけた静かな場所。人気のないロビーでも良かったのだが、なんせあそこは目立つ。密会の様になってしまうが、邪魔されないことが第一だった侑にとっては絶好の場所だった。
案の定人の居ないその空間に、いくつか並べられたベンチに腰掛ける侑。その隣に、少し距離を開けて菫が座る。改めてゆっくりと菫の横顔を見れば、風呂上がりの所為かいつもより幼い顔に侑はバッと顔を前に戻した。今は煩悩に支配されている場合ではない。
「女子部屋ってどんな感じなん?」
『私のところは4人部屋だからそんなに広くないかな。侑くんのとこは?』
「俺6人。今頃大富豪で暴れてると思う。」
『楽しそうじゃん。よかったの?』
「ええねん。そんなトランプ好きちゃうし。」
愛らしい唇から洩れる笑い声。けれど菫の目からどこか遠慮したような、気まずそうな色が消えない。それもそうだろう。昼間のあの事も、雨の日のことも、きっと菫にとっては気まずい出来事になっているだろうから。勿論侑だって彼女の反応の理由が理解できていないのだから気まずくないと言えば嘘になるが、ずっとこのままなんて絶対に嫌だったからこそこうしてアクションを起こした。彼女へ告白するつもりの輩が居ても居なくても、だ。
他愛のない話が途切れた時、一気に静寂が2人を襲う。侑が言わなければ、今の菫から近付いてくれることが無いのは侑もわかっていた。
「菫ちゃんに聞きたいことあんねん。」
『…うん?』
「雨の日喋ったん覚えてる?」
『うん、覚えてるよ。』
「あの時の菫ちゃんが言うたことの意味知りたくてな。ごめん、考えてもわからんかったから聞こうと思っててん。でもその前に言いたいことあってな、」
『なに?』
彼女の意図を聞く前に、自分の気持ちを少しでも伝えるべきだった。遠回しだったから距離は詰まらず、変に気まずい空気を生んでしまって。もし侑の考えとは別な風に彼女が受け取ってしまっているとしたなら、そんなものすぐにでも取っ払ってしまいたかった。
今までは相手からのアクションに応える受け身体勢だったけれど、今回はそれでは駄目だ。
「俺、菫ちゃんともっと仲良くなりたい。サムとか角名とかより菫ちゃんのこと知りたいねん。」
今まで心の内に留めていた思いを口に出す。真っ直ぐと逸らさず、彼女の目を見て。大きなその目が驚いたように見開かれた。
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