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白福達の咄嗟の企みにより、2人きりになった道香と黒尾。走って戻って行ったと黒尾が言うと、道香は何の疑いも持たずそうなの?なんてサラッと返事をする。





「しゃーないから部屋まで送るわ」

『マジで?うわー黒尾紳士。』

「煽ててもなんも出ねぇぞ。」





確か道香は、1人で夜の校舎を歩くのが嫌だと言っていた。風呂にしろお手洗いにしろ、1人は嫌だと。きっと幽霊やそういった類が苦手だからだろうが、苦手ではなく嫌だと言っている辺り虫のことも含まれていそうだ。

それを思い出した黒尾がそう言えば、道香はわざと声のトーンを上げる。

今日はなかなか話せなかっただけに、このシチュエーションは黒尾にとって願ったり叶ったりだ。しかも木兎が見たがっていたお風呂上がりという激レアパターン。湯上りの所為か少しだけ紅潮した頬に、滅多に見ないショートパンツから覗く白い太腿。思春期の男子高校生に見るなという方が無理難題なのだが、黒尾は邪念を振り払うように自分に喝を入れた。





『夏休み中にさー、みんなでどっか行こうって話になってるんだけどね。黒尾はどこ行きたい?』

「そんな話してたか?」

『うん。黒尾がボーッとしてる時。』

「あ?……行くなら遊園地とか?」

『いいね遊園地。今のところ海か山かで盛り上がってんだけど』

「海はダメ。絶対ダメ。」

『は?なんで?黒尾海派じゃなかったっけ?』

「それとこれとは別ダロ。」

『何が?』





道香の口から出た"海"という単語に、黒尾は瞬時に拒否する。海といえば水着。その上男ばかりの中に貴重な紅一点なのだ。例えそういう感情が無くても見てしまうに決まっている。

一瞬のうちにそこまで想像しての言葉だ。もちろん目の前で怪訝そうな顔をする彼女に伝わる筈も無く。それどころか「ならプールかな」などと黒尾の考えていることなど全く予想もしていない言葉が彼女の口から漏れ、黒尾は深い溜息を吐いた。





『え、何?私そんな変なこと言った?』

「海もプールもだけど、お前ちゃんとわかってる?」

『何が?』

「水着、着るじゃん。」

『うん、そうだね。だって夏といえば海かプールでしょ?』





きっと、彼女は考えもしないだろう。双方にそんな気持ちが無くとも、年頃の男子はそんなことばかり考えいるのだと。もしくは自分がそういう対象に見られていないだろう、なんて思っているのではないだろうか。

もう少し危機感を持って欲しい。何度も言った言葉が頭に浮かぶと同時に、昼間1人でぐるぐると考えていた感情が混ざった。





「道香チャン、女の子でしょ。」

『そうだよ』

「俺は、道香の水着姿他の奴らには見せたくないって思っちまうんです。夜久とか海でもね。」

『……え、』





ここまで言わないと、きっと彼女は気付かない。むしろここまで言っても伝わるかどうか。日頃からウチのマネージャーに手を出すな等と道香の前で威嚇はしているが、スッと流して笑っているくらいだ。

いつもよりほんの少しだけ大胆な黒尾の発言に、道香の足が止まった。





「道香?」

『……』





振り返った黒尾が少し下を向いている道香の顔を覗き込む。

びっくりした

そう小さく言った道香の顔は、湯上りの所為だとは思えないほど赤く染まっていた。

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