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時刻は午後9時半を少し過ぎた頃。先程東京駅に着き、その旨を母や黒尾、清水に伝えていた時だ。

宮城とは違ってこの時間でもまだ人通りが多く、道香は端を歩きながら改札を出た。





「おーいそこのオネエサン、この後ヒマ?」

『……え、あれ?なんで、え?』





そんな道香の前に現れたのは、先程メッセージを送った相手、黒尾だった。

突然すぎるそれに何故ここに居るのかと道香が目を丸くすれば、その反応がお気に召したらしく黒尾はにやりと笑う。





「迎えに来た。」

『びっくりしたー…。てか改札いっぱいあんのになんでわかったの?すごくない?』

「愛のチカラだな」

『うわーびっくりしたホント。』

「無視すんなコラ。」





約束はしていない。そんな連絡も来ていなかった。だからこその驚きで少々心臓が騒がしいが、黒尾に会えた嬉しさが勝ち道香の口元がゆるゆると緩む。今日一日もちろん楽しく過ごしかなり満足しているが、やはり彼の顔を見ると別の満足感が生まれるのだ。

散々からかわれた後だからこそ、余計に実感してしまうのか。





「なんとなくここかなーって思ったらカワイイ彼女が出てきたんだよ。」

『なにそれ、照れる。』

「別に来る気はなかったんだけどな。ツッキーとの写真送ってきただろ?」

『うん。それが?』





道香を壁際に寄せ、人通りの多い方を歩く黒尾。まるで道香を守るかのように。行動自体は一年の時から何も変わっていないのに、こんな些細なことでさえ道香の心臓がざわつく。自分はずっと黒尾に大切にされてきたのだと。

そう実感した瞬間どうしようもなく黒尾に触れたくなって。それでもこんな公共の場で大胆な行動ができるはずもなく、道香の気持ちなんて全く想像してもいないだろう黒尾を見上げた。

仙台駅の改札を通る前に、たまたま遭遇した月島。時間も時間だった為短時間でかなり濃い絡みをした後、記念にと2人で撮った写真を黒尾に送っていた。

その話を始めた黒尾を見ていると、視線に気付いたらしい黒尾が顔を道香の方へと向ける。

その表情は驚くほど優しい。





「道香の顔見たら会いたくなったから。」





漫画でも、ドラマでも、更に言うなら映画でも。何度も聞いたことのある言葉。実際に言うことなんて恥ずかしくてかなり抵抗のある言葉だ。それをいとも簡単に、さも当然かのように言える黒尾はすごいと、他人事のように頭で思う。

そしてそれと同時に道香の胸の奥から溢れ出たのは、"愛しさ"だった。





『鉄朗っ』

「おっ、え、おいおい道香チャン?え?」





ガバッと道香が横から黒尾に抱き付く。公共の場なんてことはもうすっかり頭の中から抜けていた。溢れる感情のままに黒尾の服に顔を埋め、すっと息を吸い込んで。

こんな大胆なこと、もちろん初めてだ。だからこそ固まった黒尾は、ドクドクと痛いくらいに脈打つ心臓と込み上げる熱を感じた。





『今のすっごいキュンとした。ずるい。』

「バカかおまえ!今の俺の方がキュンとしてるわ!殺す気かッ!」

『ちょっ静かにして!ここどこだと思ってんの!』

「コッチの台詞だわキスすんぞコラ!」

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