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肩下まで伸びた髪。少しだけ跳ねるようになってきたそれを緩くウェーブさせて、軽くヘアオイルを付ける。控えめに赤く色付くリップを唇に乗せ小さいバックを肩に掛けた。

少し前に買ったお気に入りのスニーカーに足を入れれば、お出かけ日和といった具合に晴れた空の下を歩く。





『お待たせ!』

「おー。」





駅のホーム。見慣れたその寝癖に声を掛けると、にっこりと笑った道香を見てゆるりと口元が弧を描く。

私服で会うのはまだ数度目。未だ見慣れないその姿に、道香は毎度じんわりと顔が熱くなる。





「……ダメだ。」

『え?』

「可愛すぎる。いつもより可愛い。なに、髪巻くだけでこんな可愛くなんの?」

『もー、こんなとこでやめてよ。』





そう言って道香の頭を撫でる黒尾の目は、溶けそうなくらい優しい。

やめてよなんて言いながらも、そう言われたくて少し早めに起床し準備を始めたのも事実。つまるところ道香は、今日を楽しみにしていたのだ。





『楽しみだねー、本当に久々に行く。』

「アトラクション全部乗ろうぜ。」

『3つが限界じゃなかったっけ?』

「バカ、それはおまえと夜久の勝手な妄想だろ。」





電車に乗って、目的地へ。付き合ったといえどもう3年も一緒に居るからか、会話は特にいつもと変わらない。会う前に少し高鳴っていた胸も黒尾を見ていれば少しずつ落ち着き心地の良いものになって。それでも時折触れる指先や肩に、心臓が跳ねるが。

電車を降りると、すれ違いざまに他人と肩がぶつかった道香が少しよろめく。





「おっと」

『…わー、ごめん。』

「危なっかしいな。転ぶなよ。」

『転ばないよ流石に。人が多いからさ』





テーマパークの最寄駅ということで道香の言葉通り人が多い。よろけた道香を難なく肩を抱いて受け止めた黒尾は、そのまま道香の手を握る。

ほんのりと火照った顔に、まとわりつく冷たい空気が心地良い。





「すぐ迷子になりそうだから手ェ繋いでてやる。」





ニヤリと、口角を上げた黒尾が道香を見た。最近よくするようになった、同級生ではない恋人の顔。何度見てもそれは道香からすれば格好良くて、毎度目を逸らしてしまいそうになる。

今までと違って簡単に触れられる距離に居るのも、そういう関係にいるのも。何度味わっても慣れそうにない甘い胸の痛み。





『もー、繋ぎたいなら繋ぎたいって素直に言いなよ。』

「繋ぎたい。抱きしめたい。」

『カチューシャ何がいい?やっぱネコ系かなあ』

「おーい道香さん?無視すんなチューすんぞ?」

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