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「おっしいつもの!」

『…虎』

「オッス!」





黒尾の声で全員が円を組むように集まる。黒尾と海の間でそろりと孤爪が輪から外れようとしたのを見逃さなかった道香は、山本の名を呼んだ。もちろんしっかりとわかっていたらしい山本が元気に返事をするのと孤爪の腕を掴むのはほぼ同時。

道香が海の肩に腕を置くと、右側から黒尾の腕が回る。いつも通りでいていつもより熱のこもったそれに、ドクンと心臓が脈打つ。
それを誤魔化すように道香がふうっと息を大きく吐くと、目の前に居た灰羽がじっと道香に視線を送っていた。





『リエーフどうしたの?』

「いや、なんでもないデス」





じっとこちらを見つめていたではないか。そんな道香の言葉でも灰羽は首を横に振るだけだ。まあ何もないならいいかと拳を作った右腕を皆と同じように前に突き出すと、"いつもの"が始まった。





「ー俺達は血液だ。滞り無く流れろ、酸素を回せ。"脳"が、正常に働くために。喰い散らかすぞァ!!!」

『「「オーースッ!!!」」』





まるで合図があったかのような、そんなタイミングで向こう側からも同じように気合の入った声が聞こえて。身の引き締まる感覚に道香がパッと顔を上げ、円陣を解いた全員の顔を見る。

待ちに待った試合が始まる。





『ほらほらリエーフ、ぼさっとしてないで。マネ確保の為にもカッコイイとこ見せてね?』

「…円陣の時って、なんで黒尾さんは道香さんの肩に腕回してんすか?」

『え?…………あ』





また目が合った灰羽にそう聞かれ、道香は頭の中で先程の光景を思い浮かべた。一年間ずっとそうしてきたから何も考えていなかったが、言われてみれば確かにそうだ。いつも緊張や高揚感でそれどころでは無かった為、指摘された今初めて気が付いた。

はっとした様子の道香に構うことなく、灰羽が手を挙げる。





「勝ったら俺も肩組んでいいですか!」

『うん、いいよ。勝ったらね。てか旭君のスパイク上げられたらね。』

「そんな!!黒尾さんだけ特別扱いはずるい!」

『とッ!?違うよ何言ってんのバカ!』

「???」





いつも通りバカなことを言ってきた灰羽には冗談を。しかし選んだ言葉が悪かったのか、思わぬ反撃に道香が慌てた様子で灰羽を軽く叩いた。どうやら無意識らしい彼にとっては何故叩かれたのか全く理解できていない様子だったが。

しかしほんのり赤い彼女の顔に、ピンとあるワードがヒットする。





「道香さん照れて『ない!いいから早く行きな!』痛いっス!」





バチンと、良い音が鳴る。ギャーギャーといつもより騒がしい2人を、距離が近いと怒るのはもちろん黒尾。灰羽の首根っこを掴んで、去り際に道香の頭を軽く撫でコートへ入っていった。





「黒尾さんセクハラじゃないですか?」

「なんで?」

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