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「犬岡風呂行こ!あ、道香さんも行きますか?」

『もう入ったって。明日ね。』

「あしッ明日!?マジっすか!?」

「バァッッ………カッ!!冗談でもそんなこと言うな!」

『アハハなんで黒尾が顔真っ赤なの』

「リエーフてめェコラッ!ナニ想像してんだヤメロ!!」





ミーティングが終わるなり着替えを持った灰羽が元気よく立ち上がる。同じく部屋を出ようとしていた道香のからかいを間に受けた彼が顔を真っ赤にしながらも興奮を見せれば、照れか怒りかで同じく顔を真っ赤にさせた黒尾が食ってかかる。もちろん道香が止めるはずもなく、2人を残してそそくさと部屋を出ていた。





「オイオイ道香チャン。一人で出歩くんじゃありません。」

『部屋戻るだけじゃん。』

「あ、ちょい飲みモン買おう。」

『えー?部屋戻るのに…』

「どうせ通るだろ。」




部屋を出た道香を追ってきたのは黒尾だった。遠くで灰羽の声が聞こえる辺り、彼らは反対側の大浴場に向かったらしい。昨日3年4人で話をした広間を通ると、黒尾は自販機前で立ち止まり財布を取り出して。先程まで渋っていた道香がそれに続いて足を止めれば、黒尾は道香にミルクティーを差し出した。





『え、いいの?やっさしーありがとう』

「ん」





スポーツドリンクを片手に黒尾が歩き出す。そのまま広間を通って静かな廊下を進む2人。会場を歩いていた時とは、雰囲気も距離も全く異なっていた。

心地の良い会話のスピード、程よい距離感。怒ったような黒尾に腕を引っ張られるより何倍も落ち着く。もちろんあれは自分が悪かったのだと重々承知しているが、やはり常に優しかった彼のトゲトゲしい雰囲気は好ましくない。

そんなことをぼんやりと考えながら、受け取ったミルクティーを眺める道香。





「もう怒ってねえって。」

『え?知ってるけど』

「じゃあなんで叱られた子供みたいな顔してんの。」

『……思い出した。』

「思い出してかよ。」




ニヤニヤと笑う黒尾。いつもの意地の悪い笑みだ。

そうか、きっと彼は。こうして少しでも道香が気にしないようにわざわざ2人で話す時間を作ったのか。バスの中で道香に気遣うようにからかったのもそうだっただろうが、きっとそれだけで気にしなくなるような性格ではないとわかっていたから。不意に思い出して考え事をしてしまう癖も、黒尾は知っている。

ふざけているだけに見える彼は、どうやらかなり自分を気遣ってくれているらしい。





『……黒尾ってほんとに優しいよね。』

「ア?いきなりなんだよ、スポーツドリンクはやんねーぞ。」

『要らない。』

「…ハァーン、さてはセンチメンタルな気分か?」

『そうだったとしたら今ので台無しだよね。』





ケラケラ。見た目にそぐわぬ少年じみた笑い方の黒尾を見上げ、道香は少しだけ口元を緩めた。自分の為にも、彼の為にも、先程考えていたように目先の試合を優先すべきだ。

なんだよ、と頭を掴んだ彼の手から伝わる熱には気付かないフリをする。





『ほんとに、めちゃくちゃ応援してるから。』

「…おー。頑張るわ。」

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