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『…てかさあ』

「ん?」

『当たり前のように全国大会二回戦の準備してる私らって、すごくない?』

「めっちゃバカそうだな。」

『夜久失礼なんだけど』





パスを首からぶら下げた道香が、荷物を運ぶ彼らを見ながらふとそんなことを口走った。聞いていたのは近くに居た夜久のみ。

真顔でそう返した夜久を横目で睨んだ後、ふわっと顔にかかった髪を避ける道香。





「何終わりみたいなこと言ってんだよ。最後まで勝つぞ。」

『…ですよねー。いやホント、言う人間違えた。』

「おまえこそ失礼だぞバカ道香。」





会場にこもった熱気が全身に突き刺さる。緊張も高揚もしているが、口から出る言葉は特に熱いわけではない。どこか実感がわかないような、自分を客観視しているような道香を見て夜久は何かを言うわけでもなく。
夜久の脳内には、IH予選で涙を流していた道香が顔を出した。





「…そういや、髪伸ばすのか?」

『え?』

「髪だよ。全国来ただろ。」

『あー』





自分自身の願掛けのようなもの。それがいつの間にか部員みんなのものになって。確かに目標にしていた全国大会まで進めた今、勝とうが負けようが切る絶対的な理由はない。道香自身こだわりがない為、ショートに固執する理由もない。





『伸ばそうかなとは、思ってるけど』





髪を伸ばせ。何度もそう言ってきた彼が道香の頭に浮かぶ。自然と柔らかくなった道香お雰囲気を敏感に感じとったらしい夜久が一瞬驚いたように目を見開くが、理由なんて考えずともわかる為ふーん、となるべくいつも通りに返事を返した。





『え、何。聞いてきたの夜久じゃん。』

「ケッ爆ぜろ」

『口悪ッ!』





仲間の努力が実ることも、仲間が幸せそうな顔をしていることも。どちらも夜久にとっては嬉しいものだ。しかしながらマネージャーという紅一点をかっさらわれた上、双方の浮かれ切った幸せオーラをまき散らされるのは全く面白くない展開である。

なんだか認めたくないような、僻みのような感情を隠すことなく出せば、いつかの黒尾と同じように口を尖らせた道香が驚いたように夜久を見るのだった。





「絶対ショートのがいいと思うけどな!」

『まあそれは夜久の好みだしね〜』

「道香も絶対ショートのが似合うから。切っとけ」

『……なになに今の!夜っ久ん口説いた!?』

「ハアッ!!?何バカなこと言ってんだバカ道香!」

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