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「ゲッ、5円ねーわ」

『あ、私予備あるよ。あげる』

「サンキュ。…え、お前何枚あんの」

『気合入れて家中の5円集めた。』





仲良く肩を並べる道香と夜久。その後ろには、目を細めた黒尾と今日も穏やかな笑みを浮かべた海。

道香が財布を開けるとちらっと覗いたその中身に、夜久が顔を寄せて覗き込み彼女の本気度にケラケラと笑って。賽銭箱を前に仲睦まじく談笑する道香と夜久は、完全にカップルのそれだ。





「ハイハイ、カワイイカワイイ。背中もカワイイ。全部カワイイ。ただ隣が俺じゃないのがカワイくねーわ。」

「数十分前の自分の行動を悔めばいい。」

「……」





幸い、時間が早い為人もほとんど居ない。両手をポケットに突っ込んだ黒尾が楽しそうな夜久の背中を睨み付けるも、海の言葉にはぐうの音も出ずそっと視線を逸らす。

夜久と海が合流してすぐ、恥ずかしさ故か道香はここに向かう道すがら夜久の隣をキープし、わかりやすくテンパっていた。もちろんその姿すら可愛いと思っていた黒尾だが、いくら夜久といえどひたすら2人で話しているのはいただけない。
もちろん数分でいつもの調子に戻り黒尾にもいつも通りの態度だったのだが。何故自分が隣ではないのか。そんな単純な嫉妬も相まって、少々、いやかなり僻みを口からこぼしてしまったのである。

そろそろその楽し気な輪に割り込んでやろうかと黒尾が視線を上げると、参拝の準備が整ったらしい道香と夜久がこちらを見ていた。





『どうしたの?ほら、早く』

「初日の出見逃すぞ。」

「黒尾、お賽銭準備は?」

「あ?ああ」





手招きをする道香に、毒気が抜けたらしい黒尾。財布を開きながら当たり前のように道香の隣に並んで。海が黒尾の横に並ぶと、それを確認した夜久がお辞儀をし手に持ったお賽銭を賽銭箱に入れ、3人もそれに続き黒尾が代表して本坪鈴鳴らした。





「何お祈りした?」

「怪我しませんように」

「夜久が言うと重みがあるよな。」

『私も似たようなもんかも。一年間の健康祈った。』

「え、俺らのことは?一応全国大会前だし」

『こればっかりは運じゃない気が…』

「神様に祈っても仕方ねえだろ。」

『ほら、ね?夜久さんもこう言ってます。』

「なかなか難しいよな、そう構えるのは。夜久らしいけど」






参拝が終わって、駅へと急ぐ中。黒尾の質問に夜久が答え会話が始まると、大吉のおみくじを写真に収めた道香がのんびりと返す。

健康やら身体のことを祈ったという道香と夜久。あっけからんとそんなことを言ってのけた夜久に、海と黒尾が乾いた笑みをこぼす。彼らはもちろん春高本選関連のことをお祈りした手前、実力で掴むんだよ、なんて笑う夜久が眩しく同意も否定もできない。





「去年はみんな健康関連だったっけ。」

「高校生らしからぬ願いだよな。」

『虎辺りは今年も彼女出来ますようにとか祈ってそうじゃない?』

「それこそ神様に頼むもんじゃねえだろ。」

「夜久のそのイケメン具合って生まれたときから?」

『…頑張れ、黒尾!』

「励ますなシンプルに傷付く。」





がちりと黒尾が道香の頭を掴むと、へらりと笑った道香が言葉だけの謝罪を口にして。

集合したときよりも少しだけ明るくなった空を見た海の声で、4人は駅への道を急いだ。

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