暖かい春の日差しを受ける蕾をじっと見つめる。



明日には満開になるだろう、と今朝のニュースで天気予報士が言っていた。しかし今夜から明日にかけて雨が降るらしい。

せっかくの満開の桜も雨に打たれて落ちてしまうことだろう。





「花見をしたかったね、とお前は言う」

「…まだ言ってないし」

「少し早かったか」



柳くんは人の考えていることを見透かすことができる超能力者だ。初めは怖いと思っていたけど、人は良いので仲良くなるにはそう時間はかからなかった。



「お前と出会ってから1年か。早いものだな」

「そう?私はずっと前から知り合いの気がしてたな、まだ1年って感じ」










1年前の桜が綺麗に咲いていた雨降る夜、私は彼氏と別れた。一生その人を愛していくんだと思っていた。別れた原因は彼の浮気だった。

人生の一部であった彼を失った私は、将来が見えなくなって、もういっそのこと死んでしまおうとさえ考えた。



一人寂しく傘も差さずに夜道を歩いていると、月明かりに照らされる満開の桜があった。



せっかく綺麗に咲き誇っているのに、この雨のせいで明日にはだいぶ散ってしまっていることだろう。

長く寒い冬を乗り越えても、見せる美しさは一瞬。しかも誰の目にも留まることなく散るとは、なんて儚いことか。





「傘も差さずに花見とは風流だな。しかし、明日風邪をひく確率86%」



雨が止んだ。



まだ桜には雨が打ち付けているのに、私の頬を叩きつける雨はもうなかった。

不思議に思って上を見ると、ひとつの傘と傘を差し出す一人の男性の姿。



「あなたは誰、とお前は言う」

「えっ…」

「違ったか?」

「いえ…あなたは超能力者なの?」



その男性は私の言葉に驚いたように目を開いて、ふっと笑い出した。



「超能力者、か。なかなか面白いな、そういうことにしてもらって構わない」

「超能力者さんはどうしてここに?」

「花見だ。満開の桜を見られるのは今日しかないからな」

「わざわざこんな夜中に、雨も降っているのに、変わった方ですね」

「その言葉、そのままお前に返そう」



「…私、桜になりたい」

「たしかに綺麗だが、一瞬で散ってしまう儚い存在だぞ?」

「それでもいい。耐える冬が長いのに美しく咲くのは一瞬であっても、誰の目にも留まらなくても、一瞬でも輝けたら幸せなことじゃないかな」

「儚さの中にある美しさ、か」



元彼とずっと付き合ってきたのに、私はちっとも輝けなかった。輝いたことがなかったから、一瞬でも輝ける桜が羨ましかった。



「桜は散るからこそ美しい。しかし、お前は生きるからこそ美しい」



ひとつの傘に肩を寄せ合う私たちは、なかなかの身長差があった。超能力者さんがだいぶ高身長なのだ。

そう呟いた隣の顔を見ようと、首が痛いほどに顔を上げる。



「長い人生で輝くのが一瞬とは、大層謙虚なことだな。せっかく美しく生まれてきたのに、もったいない」

「お世辞がうまいのね」



失恋で傷心している私には、超能力者さんの言葉を素直に受け入れることは出来なかった。



「大方、失恋で感傷に浸っていたというところか」

「…」

「それも悪くないが、こうして満開の桜を前にしているのだ、笑って見た方がより一層桜が美しく見える」



「笑ってみろ、女性は笑顔の時が最も輝く」

「そんな急に言われても…」

「そうか、なら無理に笑わなくてもいい。俺が笑顔にしてやろう」

「はい?」

「お前に泣き顔なんて似合わない。俺の傍にいたら、俺がお前の笑顔を保証してやろう」

「…ナンパですか」

「彼女になってくれと言ってるわけじゃない。友達になりませんか、ということだ」

「友達なら」

「よし。俺は超能力者さんなんて名前ではなく、柳蓮二だ」










「柳くんが話しかけてきた時は、ナンパかと思ったよ」

「初対面の相手を口説き落とせるほど、俺は口達者ではない」

「いやいや、口達者だったよ!」

「ほう、名前は落ちそうになったのか?」

「なってないけど!」

「それは残念だ」



残念?それはどういう意味かと尋ねようとしたとき、柳くんは桜を背景にした。なんて絵になるんだろう。



「俺は友達になってくれと言ったが、友達から始めようという意味だった」

「友達から…」

「もうお互いのこともわかってきたことだ、そろそろ良い頃かと思っている」

「何が?」

「しらばっくれるのも大概にしたらどうだ。気付いていたんだろう?俺は1年前からお前を好いている」



急すぎる告白に息が止まりそうになる。

気付いてなかったといえば嘘になる。一緒に過ごすうちに、彼の好意は身をもって感じていた。でも友情を壊すのが怖くて、私は自分の気持ちから目を背けていた。



「好きだ。これからは俺の彼女として、俺の隣で笑っていてくれないか?」



真っ直ぐに私を見つめる柳くんに嘘なんてつけなくて、私は桜よりも輝く笑顔で首を縦に振った。

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