春になり、昼間は薄着で過ごせるくらい暖かくなってきた。

とは言っても、やはり夜は少し冷える。



テニス部の練習が終わるまで学校の近くの浜で待つのが私の日課だ。今日は暖かくなるだろうと油断して、中に着込んで来なかったので体が冷える。



夕暮れに赤く染まる海を眺める。



そういえば1年前のちょうど今日も、こんな綺麗な海だったな。





「名前、待たせたな」

「バネ!お疲れ様」



声のした方を振り向くと私が待っていた人、黒羽春風がいた。



「お前そんな薄着で寒くねぇか?」

「うん、ちょっと冷えるかな」

「まだ春先だぞ?なんでそんな薄着で来るんだよ」

「暖かくなると思ったんだもん」

「バーカ。俺を待ってる間に風なんて引いたら、これからは先にお前だけ帰らせるぞ」



バネはそう言いながら、羽織っていたジャージを脱いで私に掛けてくれた。



「バネが風邪引いちゃうよ」

「俺はそんなにヤワじゃねーよ」



白い歯を見せてニカッと笑うバネは、相変わらずだなと思う。昔から何も変わらないんだから、何も。



「ありがとう」

「おうよ」



有難くバネのジャージに袖を通す。彼のジャージは私には大きすぎたようで、スカートまですっぽりジャージに包まれてしまった。



「バネ、また大きくなった?」

「そうか?名前が小さくなったんじゃねぇ?」

「馬鹿にしないでよ」



私が睨んでも、バネは「はいはい」と小さい子供をなだめるように頭をポンポンと撫でるだけで、まったく相手にされている気がしなかった。





「海、綺麗だな」

「うん、夕日が海に沈んでいくみたいだね」

「…思い出すなぁ、この海」

「何を?」

「去年の今日も同じような海、二人で見ただろ」



さっきの私と同じことを考えてる。

バネが覚えてたいたことに驚いたけど、それくらいバネにとっても大切な記憶なのかなと思うと嬉しくなった。



「何笑ってんだよ」

「ううん、同じこと考えてるなぁと思って」

「お前も思い出してたのかよ?」

「うん!ずっと忘れないよ。すごく嬉しかったんだから」

「そうか。俺も、すっげー嬉しかった」



1年前の今日、夕日に照らされる海の前で私はバネに告白された。

小学生の頃から仲が良かった私たちは、中学に入ってそれが恋心だと気付くのにそう時間はかからなかった。



好きで好きで仕方なかった人の口から「好きだ」と聞けた時は、嬉しさのあまり泣きそうになった。泣くのは我慢したけど、涙目の私を見てバネはすっごい慌ててたな。



「でもまだ1年か。ずっと前から付き合ってる気がしてたぜ」

「前から仲良かったし、付き合っても変わったことなかったもんね」



良くも悪くも、私たちは何一つ変わっていないのだ。変わったのは『友達』から『恋人』へと、二人の関係を表す言葉だけ。



この先もずっとこのままなのかな。



嫌なわけじゃない。正直、このままの距離が心地良い。



でも、本当はもっと触れたいし触れてほしい。もっと近くにいたい。傍でバネのことを見ていたい。欲張りなのがバレて、引かれるのが怖くて言ったことはないけど。



バネは何とも思わないのかな。



「なに不安そうな顔してんだよ」

「そんな顔してた?」

「泣きそうな顔で上目遣いすんなよ。堪えてる俺の気持ちも考えろって」



はぁぁ、と大きな溜め息をついて照れ隠しをするように頭を掻く。



「そんな顔されると、抑えきれなくなる。無理矢理にでもキスしたくなるんだよ」

「抑えなくていいよ」

「は?」

「だから、バネがキスしたいならしてもいいよ」

「そんなこと言ったってなぁ…お前のこと大事にしたいんだよ。だからお前に無理矢理なんてしたくねぇ」

「無理矢理じゃないから。…私もバネと、キスしたい」



動悸が激しい胸が痛い。

バネは目を大きく開いて驚いている。引かれたかな。



言ったことを後悔し始めていると、バネの手が私の頬に触れた。次第に近くなるバネの顔に、思考が追いつかず目を瞑るのも忘れる。



唇に当たる温かな感触。触れただけなのに、なぜか甘く感じた。キスってこんな味なんだ。



「名前が言ったんだからな。今さら嫌とか言ってもやめねーぞ」



少しだけ顔が離れて、鼻先が触れ合う距離で見つめ合う。バネの頬が赤くなっていたのは、夕日のせいにしておこう。

いつもより色っぽく聞こえる声にさえ胸が締め付けられる。



「言わないよ。ずっと触れて欲しかったんだもん」

「…そんな殺し文句どこで覚えてきたんだよ」



さっきよりも深く、何度も何度も重ねる。たまに甘噛みされたり、軽く吸われたりして、背中がぞわぞわする。

刺激に耐えられなくなって彼の首に腕を回すと、バネは口角をニヤリと上げて更に深くキスをした。

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