Tremenda mentira
船に連れ込まれてから、赤ちゃんは私の腕に戻され、ピンクのコートを羽織った男の人の前に立たされる。どかりと偉そうに座っている彼はサングラスをしていて表情は伺えない。
横にいるタバコをくわえた男の人は自身の黒いコートをライターの火で燃やしていた。
「一人じゃねェのか」
まじまじと私を見つめるような視線だけを感じ、震える手を抑える。ゴーグルをつけた男の人が赤ちゃんに手を伸ばすものだからまた何かされるのではないかとしっかりと抱きかかえる。
でもその手は赤ちゃんには触れず、小さな頭を隠すように覆われていた帽子を外すだけだった。
「なるほどな」
ピンクのコートを着た男の人がそう言ってニヤリと口角をあげる。帽子に覆われていた赤ちゃんの頭には小さいながらも鋭いツノが生えていて私は瞬きをふたつ。見間違いではない。トウギョノコとはもしかして”闘魚”なのかと図鑑で見た鋭いツノと牙を持つ大きな魚を頭に浮かべる。
「赤ん坊とこのガキ、目の色が同じです若様。」
姉弟かと、と続けるゴーグルの男の人は若様と呼ばれた彼に体は向けているものの、鋭い目は私たちを見つめている。違う、と言おうとしたけれど被さるように発せられた”若様”の声に遮られた。
「どうなんだ?」
私に投げかけられた言葉にびくりと肩を揺らした。この子とは偶然目の色が似ているだけで姉弟ではない。血の繋がりなんかもちろんないし、名前すらも私は知らなかった。
「違えばお前を殺すだけだ」
”違えば”とは闘魚ではなかったら、なのか。姉弟ではなかったら、なのか。どちらの意味を含むのかはわからなかったけれど、殺すという言葉に私の口は事実を語ることはなく首は縦に振られてしまった。
そのまま俯いた私の顎を汗が伝う。頭上からは高らかに笑う”若様”の声がして、チラリと覗き見た船の外には、既に小さな私たちの故郷。私は今までで一番大きな嘘をついてしまったことを自覚した。
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