息を切らしながらも止めることはない両足はひたすら千歳の家へと向かっていた。コンビニで飲み物やちょっとしたヨーグルトを買って、さっき白石に書いてもらった地図だけを頼りに千歳の家を探す。地図のところどころにある目印がなければきっと迷子になるほど、千歳の家までの道は複雑な道ばかりだった。千歳はこれをあの馬鹿みたいに重たい下駄をはいて毎日通ってるって考えると、なんとなく尊敬してしまう。知らない道だからなのか、学校からもうずいぶん遠くまでやってきたような気がする。
キョロキョロと回りを見渡すがなかなかピッタリくる住所が見つからない。少し先にある曲がり角を曲がると、小さなアパートを見つけた。


「あったあ!」


思わずそう叫んで千歳の部屋まで走った。
ずいぶん前に千歳本人に聞いた話によると、両親や妹ちゃんは熊本にいて千歳だけ大阪に引っ越してきたそうだ。両親と暮らしているわたしにとって一人暮らしは未知の世界であって、すべてのことを一人でしている千歳を素直にすごいと思う。わたしはすぐさま玄関のチャイムを鳴らす。部屋は静まり返っていて人の気配を感じない。もう一度だけチャイムを鳴らしてしばらく待っていると、部屋から足音が聞こえてきた。


「はい、どなた‥」
「千歳!」
「桜!?」
「来ちゃった」


ビックリする千歳にさっきコンビニで買った袋をニカッと笑ってみせる。千歳は少しだけ目を丸くしていたけどすぐに唇をきゅっとさせると、困ったようなくすぐったいような顔をして見せた。知ってる、この顔。ていうより、少し前に知った。千歳が照れたときの顔だ。
「あ、あがんなっせ」、はにかみながら告げられて素直にお邪魔させてもらうことになった。コンビニ袋をガサガサさせながら部屋へ入ると、そこはわたしの大好きな千歳の匂いでいっぱいだった。胸がきゅうって鳴るのが分かって、なんとなく隠すようにしてコンビニ袋を千歳に突き出した。


「飲み物買ってきたよ」
「おーありがとな」
「あとね、ヨーグルトも食べてね」
「おー」
「食欲ある?」
「大丈夫大丈夫。ちょい熱があるだけばい」
「千歳のちょっとは信用ならん」
「なんね、そげんこつなかたい」
「そげんこつあるの」


えー。なんてニヤニヤしながら言われて、熱のせいなのか千歳がいつもより甘く感じる。心臓がドキドキいってる。


「ねー桜」
「なあに?」
「‥こっち」
「ん?」
「こっち来て」


ベッドに横になりながら手招きされて近寄ると、突然大きな腕に包まれた。ビックリして固まっているのをいいことに、千歳はどんどん抱きしめる腕に力を込める。苦しいけど、いやじゃない。むしろ千歳の腕の中は心地好い。ぎゅうっとされながらその胸に全身を預けると、首元に顔をぐりぐりされる。くすぐったいよ、甘えん坊。


「‥可愛い」
「お前のが可愛か」
「千歳の方が可愛いよ」
「好きばい」
「ん」
「お前は?」
「‥好きだよ」


そっか。嬉しそうに笑う千歳を肩に感じてわたしも嬉しくなった。
付き合ってもう半年。喧嘩も今だに一度もしたことがないわたしたち。今はまだ、恥ずかしい言葉でしか気持ちを伝えることを知らなかった。

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