会うのが怖いと思ったり、会いたくて会いたくて仕方がないと思ったり、白石先輩はいつもわたしの気持ちを簡単に揺さぶっていく。
わたしは久しぶりに目覚まし時計よりも先に目が覚めた。学校へ行く準備をしなければならない。今日はいつもよりも年入りに。
「キスしてください」、そう言ったのはわたしのはずなのにどこがで投げやりになっているわたしがいた。いくらモテる白石先輩でも、たかが後輩の思い出作りにキスなんてしてくれるはずはない。いわば、わたしからすると諦めの一歩だったのだ。わたしという存在を知ってもらえれば、あとはスッパリ諦めるつもりでいた。期待は振られたときが辛いからしたくなかった。

「行ってきまーす!」

それなのに今さら振り向いたあの瞳を、欲しいと思ってしまった。思い出でも諦めの材料としてでもなく、これから先のわたしのために。





「なんや、また来たんか」

しばらく図書室に顔を出さないでいたわたしに、財前は少しだけ嬉しそうな顔をした。気がした。
いつもの場所に座って、同じページを何分もかけて読むわたし。チラチラと視線は本に行ったり窓の外に向かったり、あちこちと忙しなく動く。
今日のテニス部は自主練だという情報を入手していたわたしは、それでもきっとやって来るであろう白石先輩を待っていた。

「へえ?決心ついたんか?」
「わ、わたし何も言ってないんですけど」
「顔に書いてある」

ふふん、と鼻で笑われて相変わらず財前は遠慮という言葉を知らない。
「お前、ほんま分かりやすいな」なんて馬鹿にしたように言われても、見えない自分の顔が自分でも何となくで分かるのだから仕方がない。多分、今日のわたしはキリッとしているのだろう。

「もっかい言うん?」
「う、うん!そ、そうする!」
「めっちゃ吃ってるやん」
「で、でも、わたし、ガンバル!」
「めっちゃ片言やん」

今日の財前のツッコミは冴えている。というよりも、わたしがいつも通りじゃないのかもしれない。
財前の言ったように、わたしはもう一度告白をしようと決心していた。一度目の告白は、わたしという存在を知ってほしくて告げたもの。それならば、二度目の告白は、その先を望んで告げたいと思っている。
前回の諦めを含んだ告白よりも、今回のその先を望んだ告白の方が何倍も怖くて緊張する。もしかしたらダメかもしれない、手遅れかもしれない。それでも、白石先輩のわたしを呼んだあの瞳が忘れられなくなってしまった。
一度募った期待する気持ちは、わたしの恋心をどんどん大きくさせた。

「あ、白石部長」
「えっ!?どこ!?」
「あ、」
「うわあ!!?」

財前の声を聞いて窓の外に身を乗り出すと、ちょうどやってきた白石先輩とバッチリ目が合ってしまった。わたしは思わず隠れるようにしゃがみ込む。
うわー!やってしまった!思いっきり目が合ったのに思いっきり隠れてしまった!最低最悪だ!どうしよう!
自分の取った行動に愕然としながら思いっきり白石先輩から隠れたわたしを財前が容赦なく呆れた顔で見下ろした。

「…何してん」
「あ、いや、その、違うの。これはね、ちょっとビックリしてね」
「告白するんやなかったんか」
「いやいや、全くその通りなんだけどね、反射的にね」

あーだこーだともじもじ言い訳をしていると財前にため息をつかれた。こいつはわたしを応援したいのか貶したいのか分からない。分からないけれど、財前は最初から少しばかり強引にわたしの背中を押していた。少しばかりでないときも多々あったけれど、こんなことになったキッカケを作ったのは紛れもなく財前だ。
「マヌケ、ほら、手え貸し」、そう言われて手を差し出されて、わたしは複雑に思いながらその手を掴もうとした。

「ちょっと待った!!!」

バァン!ともの凄い音を立てて図書室のドアが開かれた。図書室にはわたしと財前だけでなく他の生徒も利用しているというのに、白石先輩はそんなことお構い無しに静かな図書室をさらに静まり返らせた。
図書室にいた全生徒が目を丸くして見つめる中、白石先輩はつかつかと近寄ると固まってしまっていたわたしの腕を無理矢理捕まえてグイッと引き上げた。白石先輩の力で立ち上がったわたしは、またしても揺れる瞳とぶつかった。同じだった。電車のホームで見た、あの瞳と。

「…ほんま、逃げんで」

とても切なげに揺れたその瞳に吸い込まれるように、わたしは白石先輩と二度目のキスをしていた。正確に言えば三度目なのだけれど。そんなカウント出来ないほど、頭の中がおかしくなってしまいそうだった。

「…来い」

唇を離した白石先輩に囁かれて、砕けてしまいそうになっていた足腰にグッと力が込められた。
そのまま走り出した白石先輩に腕を掴まれて、わたしも一緒に図書室を後にした。頭の片隅で、財前すまん、と思ったけれど、すぐに白石先輩でいっぱいになってしまった。



図書室から少し離れたテニスコートの裏で白石先輩は立ち止まった。わたしは上がる息を整えながら白石先輩の背中を見つめていた。

「…ほんまは、そんなつもりやなかったん?」
「え?」
「告白してきたとき」

思わずギクリとしてしまった。そんなつもりじゃなかったと言うのはあながち嘘ではない。そう、わたしはそんなつもりじゃなかった。ただ勝負事に負けて、ただ好きだと言って、あわよくば白石先輩の記憶の片隅に居座りたかった。
だけど背中しか見せない白石先輩がとても淋しそうな声で聞くから、自惚れでも何でもいいから振り向いてもう一度あの瞳でわたしを見つめてほしかった。

「わたし、その、ババ抜きに負けちゃったんです」
「…やっぱり。罰ゲームやったっちゅーわけか」
「でも、その、罰ゲームの内容は、あの、その、す、好きな人に告白をするっていう、内容で…」
「え?」

やっと振り向いてくれた白石先輩の瞳が揺れながらわたしを映していた。わたしはこの瞳がほしくなった。わたしを優しく映してくれる、白石先輩のこの瞳が。

「す、好きです!あの、その、もう思い出が欲しくてキスしてくださいなんて言いません。わたし、わたしと、その、」
「もう、言わへんの?」
「…へ?」

少しだけ影が落ちて見上げると、白石先輩の顔がすぐそこにあった。わたしは驚いて後退りをする。「あああ、あの、あの、その、」、言葉にならない言葉を続けながらわたしはズルズルと後退り、とうとう背中に校舎が行き当たった。
ふっと白石先輩の左手がわたしの頬に触れていく。綺麗な指先がつつつ…と顎を伝って首に落ちる。

「…もう、キスさせてくれへんの?」

明らかに真っ赤になるわたしを、ちっとも笑わずに白石先輩はただただ問い詰める。
分かっている。これは試されている。白石先輩はわたしに逃げ道を作っている。そっと優しく触れるだけで、その手はわたしを捕まえてはいない。わたしはいつでも逃げ出せる状況だった。
白石先輩とのその先を望むということはこういうことなのだと、それでも逃げ出さずにいられるのかと。白石先輩の瞳が揺れながらそう言っていた。

「なんや、俺に好きとか言いながら財前とえらい仲良しやしなあ」
「ちが!違うんですあれは!コココ、コンタクトが!タイミングが!」
「…タイミング、ねえ。ほんまあの時、もっと強引に奪ったればよかったわ」

わたしは目の前で大人気ないほど試してくる白石先輩を、真っ赤な顔のまま見上げた。触れているその左手に自分から頬を擦り寄せる。

「キ、キスも、したいです。…ほんとは」
「!」
「だ、だって、好きだから!」

真っ赤な顔のまま目を逸らさずにそう言ったわたしを、白石先輩はクスッと笑ってぎゅっと抱きしめた。
白石先輩の腕の中で白石先輩の匂いに包まれて、もう既に頭が爆発してしまいそうになった。あわあわと目が回りそうなわたしに白石先輩は耳元で囁いた。「これからが楽しみやな」と。

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