あれからわたしは図書室に通うこともやめてしまっていた。こんなに自分が臆病だとは思わなかった。確かに恋愛経験が豊富なわけではないけれど、白石先輩が初恋なわけでもない。それなりに恋もしてきたし振られた経験だってある。それなのに、何がそんなに怖く感じてしまうのか分からない。白石先輩に会うことが、どうしても怖い。





「桜、最近財前と仲良えよな」
「あーそれな!」
「へ?」

図書室に通わなくなったわたしは友達と学校の近くのカラオケに遊びに来ていた。その帰り道で、唐突に友達に話を振られた。
電車が来るまでの時間に友達と三人でアイスを食べながら、なんてことない会話の中で流れ弾が当たった。わたしは大好きなチョコミントを口に含んだまま、パチパチと瞬きを繰り返す。

「もしかして付き合うてるとか?」
「え、うちらに秘密で?」
「ないない!ないから!」

両手で目一杯否定する。財前とだなんて絶対の絶対にありえない。わたしもありえないけど、恐らく財前の方がもっとありえない。この会話を聞いている財前を想像しただけで冷たいリアクションが想像出来る。怖すぎる。

「でも結構お似合いとちゃう?」
「せやなー、桜はちょっと押しが弱いとこあるしな。グイグイ来るタイプが合うと思うねんけど」
「財前の場合はグイグイってよりズケズケだよ…」

ウンザリした顔で答えると友達二人は大げさに笑う。
わたしが押しが弱いことは認めるけれど、だから財前とお似合いだというのは納得がいかない。財前みたいな強引なやつと一緒にいたらわたしは心臓がいくつあっても足りない。そもそも白石先輩への告白だって半分は財前の強引さのせいでもあるのだ。心の準備も何も出来ていないわたしを、その強引さで引きずって行ったのだ。
まあ、そうでもされなきゃ一生伝えられなかっただろうけれど。

「せやった、桜は白石先輩一筋やったもんな」
「一筋って…」
「てか、こないだの賭けに負けて告白した話はどーなったん?」
「いや、それがその、大変なことになってしまいまして」

小さな恋でも何でも話してきた友達にすら話すことを忘れていた。それくらいにわたしは慌てていた。
どうしたいのか、自分でも分からない。分からないから逃げている。だけど、白石先輩を好きだと思う気持ちは消えてなくなったりもしない。消えるどころか、一日たりとも忘れることも出来ない。こんな中途半端に浮かんだままな恋する気持ち。少しだけ出た欲がこんなことになるなんて。何も知らない白石先輩にわたしというちっぽけな存在を知ってほしかった。こんなわたしでも白石先輩に恋をしていることを知ってほしかった。ただそれだけだった。
告白をした後の白石先輩の顔を見て、初めてその先がある奇跡を知ったのだ。そこで、ようやく、その先を。

「そう。わたしがね、アホでボケでグズなの…はあ…」
「それ、財前に言われたんやろ」
「あ、分かる?」
「あはは言いそうー」
「あ、桜電車来たで」
「うわ、人めっちゃおるやん!」

キキキーッと耳に響くブレーキ音が鳴った。「詳しくはまた明日な!」友達の声に振り返りながら大きく返事をする。バイバーイ!手を振ってたくさんの乗客と一緒に電車に乗り込む瞬間、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。わたしは乗り込みながらふいに振り向いた。
わたしの心臓はそこで止まってしまうかと思った。人混みに紛れて、そこには見間違えようもない白石先輩がいた。わたしを真っ直ぐ見つめるその瞳が、ゆっくりと揺れるその瞬間までも見えてしまった。

「木下さんっ…」

今度はハッキリ聞こえた。白石先輩がわたしの名前を呼ぶ声。ドアの真ん前で振り返り立ち止まるわたしを、邪魔だと言わんばかりに乗り込む乗客がどんどん押し込んでいく。
「ドアが閉まります」、電車のアナウンスが流れる。吹き出す空気音と一緒にわたしと白石先輩の間にドアが閉まる。人混みに紛れて囲まれ、身動きが取れなくなったわたしには白石先輩の姿はもう見えない。ぎゅうぎゅうに押しつぶされてふらつきながら、走り出した電車から慌てて外を覗き込む。電車はもうホームを抜けた外の景色を映し出していた。
どうして。白石先輩、何か言おうとしてた?わたしの名前を呼んだ後。一体どうして…。
ざわざわした胸を押さえても、この気持ちは治まりそうになかった。逃げて逃げて逃げ回っているこんな最低なわたしを、白石先輩が呼び止めようとしていた理由が何なのか。こんなわたしに真っ直ぐ向けられた白石先輩の瞳の理由が何なのか。その先に何があるのか、逃げていたその先を、初めて知りたいと思ってしまった。

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