朝起きて、初めに思い出すのは白石先輩のことだ。「プリント落ちたで」の日からそれは今でも変わらない。
女の子は恋をすると変わるのだと誰かが言っていたけれど、それは本当のことだったのだと白石先輩に恋をしてから知った。ポケットにハンカチを入れること、鏡を持ち歩くようになったこと、寝癖が気になるようになったこと。言い出せばキリがないほど、白石先輩はズボラだったわたしを一瞬で変えた。
変えたって言い方は違うかもしれない。わたしが勝手に白石先輩に恋をして勝手に変わっていったのだ。少しでも、白石先輩に近付きたくて変わったはずだったのに。

「んーー…」

一つ伸びをしてベッドから足を下ろす。今日も学校だ。わたしは支度を始めた。




「遅刻ギリギリやで」
「危なかった…」

あれこれ考えすぎて、何より白石先輩に会わないように細心の注意をはらって教室までやって来た。それだけでこんなに疲れてしまった。

「で?」
「はい?」
「昨日の誤解はどうするん」

教室の入口に立っていた財前は遠慮もなく一番の核心部分をブスブスと突き刺してくる。

「お前なんかと誤解されたままだと俺が困る」
「あ、そういえばそうですね」
「今頃気付くなや」

全然困ってなさそうな財前が追い打ちをかけてくる。困っているどころか面白がっているくせに。絶対に。
わたしは両手を膝について息を整えながら昨日のことを思い出していた。
昨日の白石先輩、笑ってた。「ほな」って手を上げてにこって。わたしは本当に自分勝手なやつだ。逃げたくせに。あんなに素敵で優しい白石先輩から逃げ出したくせに、自分勝手にもショックを受けている。やっぱりなんてことはなかったのかな。白石先輩にとってわたしの告白は。
つい数日前に告白した奴がもうほかの人と不純な行為をしていたとしたら、わたしだったらからかわれたのかって腹も立つし気にもなる。それなのに、白石先輩は笑っていた。わたしと財前を見てもなんてことないみたいに。
それが当たり前なことなのに、どうしてこんなにショックを受けているんだろう。見つめるだけでいいなんて、一目会えるだけでもいいなんて、そんな一方的な勝手な想いを抱いておきながら、努力も何もせずに白石先輩のお近付きになろうだなんて。

「わたしってズルイよね」
「今頃気ぃ付いたんか」
「え、そう思ってたの」
「それ以外ないやろ」

ふんっと鼻を鳴らした財前が呆れた顔をして少し離れた席に座る。わたしは肩からずれ落ちそうになるカバンをもう一度抱え直して自分の席に向かった。
分かっている。わたしはズルイ恋をしている。だけど、怖いと感じるのも間違いではない。逃げ出したのは怖いからだ。あんなに素敵な白石先輩に近付いて、ましてや彼女になんてなって、こんなにズボラで狡くて女の子らしくもないわたしを知られて嫌われるのは怖い。わたしはわたしに自信がなかった。だから見ているだけの恋を選んでいた。それ以上も以下もない。ただただ、一方通行な。
だって、叶うなんて思ってもいなかった。あんな優しい言葉をくれるなんてこれっぽっちも思っていなかった。絶対に有り得ないはずの白石先輩とのキスが、こんなに簡単にもらえるなんて思ってもいなかったのだ。キスなんて…キス…なんて…

「んあーーーー!!!」
「な、なんだあ!?」

回りの生徒や先生が驚いて飛び上がる中で、わたしはまたしても白石先輩とのキスを思い出してしまった。

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