ホコリが舞う薄暗い部屋でわたしはわざとらしくゲッホゴッホと大袈裟な咳をしてみせた。チラリと横目で視線をやっても、財前はすました顔でこちらを見もしない。というかわたしの存在を完全に無視している。
財前に弱みを握られているわたしは、当番だと言う財前に無理矢理図書室の掃除を手伝わされていた。弱みと言ってももう半分は弱みではない。だってわたしは、あの白石先輩に好きだと告白してキスしてくれと強請ったくせに、された瞬間逃げ出したおたんこなすだからだ。これ以上、白石先輩が好きなんだと誰にバレたって怖くはない。
怖くはないのだけれど。

「手、止まっとるで」
「…」
「さて、白石部長を呼んで」
「ははははいはいはい!やりますやります!」

そういうわけで、わたしは今だに財前には逆らえないでいた。
何がそんなに怖いのかも自分で分からない。ただ、あんなに会いたくてたまらなかった白石先輩に会うことが、どうしても怖い。

「どうすんねん」
「え?」

突然主語のないことを言われて思わず聞き返してしまった。でも、財前の顔を見て何のことかすぐに分かった。
図書室に並ぶ大きな棚から本を出しては並び替えてを繰り返していた財前が、その手を止めて何気なしに本を開く。財前の手にした本はタイトルに「逃げだしたドロボウ」と書かれていて、子供向けの絵本のようだ。
たまたまかもしれないけれど、心に刺さりますそのタイトル。そうですわたしが白石先輩の唇を奪って逃げだしたドロボウです。

「分かんない」
「はあ?」
「わ、分かんない」

どうすんねん、のその先がわたしにはあるのかどうかも分からない。あんな状況から逃げ出して、さらにあの日からもう三日はたっている。今さらどの面下げて白石先輩に会えるというのだ。そしてどの面下げてあの日の出来事を弁解するというのだ。
わたしの煮えきらない返事に、はあーっと初めて聞くほど長いため息をついた財前は、わざとらしく心底面倒くさそうな顔をしてわたしを見た。

「もっかい言うたらええやろ」
「ええー!も、もっかい!?」
「それ以外ないやろ」

もう一度告白すること以外に道はないと財前は言うけれど、わたしにとってはそれは最後の最後の究極の選択だ。まだたくさん道はある。このまま白石先輩が卒業するまで逃げ続けるか、あの日の出来事をすべてなかったことにして何事もなくやり過ごすか。どちらにしても、逃げる選択だ。
そもそもわたしは告白なんてするつもりなかったのだ。勝負に負けたから告白だなんて間違ってる。見つめるだけで十分だった。満足していた。そのために学校に毎日ドキドキしながら来ていた。白石先輩を遠くから見つめて応援して自分の励みにすることが、わたしのすべてだったのに。

「ううう…今さらだけどめちゃくちゃ恥ずかしい」
「ほんま今さらやな」
「今すぐ消え去りたい…」
「ほんまうざいわ。はよもっかい言ってくればええやん」
「そんなの無理!」
「お前ほんま面倒くさいやつやな」

財前のこめかみにピシッと青筋が入るのが見えた気がした。
ヒィッと喉を鳴らして本棚にすがり付くと、右目のコンタクトレンズがその拍子にずれてしまった。ソフトコンタクトだからそんなに痛くはないが、自分では見えないのでコンタクトがどこにあるのか分からない。

「ちょ、財前さん待って。コンタクトがどっか行った」
「どこ行くねん」
「分かんない、ちょっと見てよー」
「散歩しよるだけやろ、そのうち帰るて」

そんなつまんないギャグ言っている場合ではない。両目の視力がとても悪いわたしは片方でもコンタクトレンズを外すととてもじゃないけれど怖くて家まで帰れない。
財前お願いします見てください見つけてください見えないんです、と必死に頼み込んでようやく財前が目の前まで来てくれた。
距離感も片目だけだといまいち掴めない。ただ、わたしよりも背の高い財前が少し屈んでわたしの瞳を覗き込んだ。

「なんや、ここについとるやん」
「どこどこ?」
「やっぱり散歩しとるだけやったな」
「いや、これこのまま行ってたら家出だから。二度と帰れないよこの子」
「はよ家へ帰れよ」

つまんないギャグを引っ張る財前は、わたしの頬にくっついていたらしいコンタクトレンズを掴まえてくれた。そんなところまで逃げ出していたとは。気付かなかったら危なかった。
その瞬間、図書室のドアが勢いよく開けられた。ガラッと。それはもう盛大に。

「あ、」

固まるわたしと振り返る財前。それから、一言だけ声を発してわたしたち二人を見つめる白石先輩。
わたしが固まっているそのほんの一瞬の間に財前は、白石先輩を見てわたしを見て空中を見て、またわたしを見た。それからパッと離れると右手にコンタクトレンズを掴んだまま、何もしていないことを見せるように両手を上げた。

「あー…すまん、お取り込み中やったか?」
「いえ、それよりどないしたんすか」
「財前が図書委員で居残っとるて聞いたから探しに来たんや。部活後にミーティングやるからその仕事終わったら少し顔出しやー」
「はい、分かりました」
「ほな」

にこっと笑った白石先輩が片手をあげて図書室を出ていく。わたしは今だに固まったまま動けないでいた。そんなわたしの目の前で財前がぶんぶんと手を振る。ハッとしたときにはもう白石先輩の姿はなかった。
何が起こった?今、一体何が起こっていたの?

「あーあ。誤解されたな」
「!!?」
「ドンマイ」
「えっ、ちょっと、誤解って何が!?どうなったの!?」
「つーまーり」

「こういうこと」、そう言いながら財前はわたしを壁に押し付けて顔を近付けた。それはもう素早い動きだったのでわたしにはどうすることも出来なかった。
すんでのところで近付くの止めた財前は目の前でニヤッと笑うと、わたしに囁きかけた。

「これ、今の状況。はたから見たらどう見えてると思う?」
「え、はたから…」

想像してみると、それはとてつもなくとんでもないことだった。わたしと財前がこんな誰もいない静かな図書室で男女の不純な行為をしているとしか思えない。
財前はわたしの頬にくっついていたコンタクトレンズを取ろうとしてくれていただけだ。だけどそれは、突然やって来た白石先輩の角度から見てどう見えただろう。手を頬に添えて近付いて何かと何かが重なっているように見えていたに違いない。

「ちが!違うんです白石先輩ー!」
「おそっ」

財前のゆるいツッコミだけがわたしに返事を返した。

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