小さな頃から気は強い方でよく男の子とケンカをしては負けなしだった。とっつかみあいも口喧嘩も、いっぱいいっぱい経験してきたのに。ガンッ!、トイレの壁に突き付けられたトイレ掃除用具のモップの取っ手の先に、思い切り体をビクッとさせる。顔の真横にモップの先。顔スレスレのところに突き付けられて冷や汗が出る。あまり頭の中には入ってこないが今だに六道骸のことで文句を言っている女の子たちに、言い返す気にはなれなかった。これも小さい頃からそうだ。男の子には例え殴り合いになろうと強いのに、女の子には信じられないほどに弱かった。というか、女の子相手にケンカをしたことがない。


「なにか言いなよ!」
「そうよ!」
「えー‥ご、ごめん?」
「はあ?ふざけないでよ!」


パシンッ!、いつか殴られるんじゃないかとは覚悟していたけど、やっぱり痛い。叩かれた頬がジンジンする。せっかく謝ったのになんで殴られなきゃなんないの、女の子って分からない。そもそも六道骸とどうであろうと誰にも関係ないことで、この子たちの中に彼女がいたとかなら話はまた別だけど。そういうわけでもない。ただみんな六道骸が好きで、だから嫉妬して近付くなって言ってるわけで。それで叩かれるあたしって一体なんなの。


「もう骸さまとは会わないって約束してよ!」
「‥え、」
「そしたら解放する」


それだけでいいの?、顔をあげると真剣な顔した女の子たちがこちらをまっすぐ見つめていた。そっか、みんな本当に好きなんだ。あんな男でもみんなの中では大好きなひとなんだ。あたしなんかが軽々しく入っていい場所じゃなかった。好きになる覚悟もないくせにそばにいていいひとじゃなかった。なんであたしがこんな気持ちにならなきゃいけないの、なんでこんな苦しいの。もう昨日からずっとわけわかんないし。この気持ちから逃げられるのならさっさと約束をしてしまおうと口を開くと頭の上から声がした。


「桜、そんな下らない約束をしたら許しませんよ」
「む、骸さまっ!」


トイレの屋根の上に腰掛けてこちらを見下ろしている男は今日は笑っていなかった。覚めた目でまっすぐ見下ろし女の子たちに軽蔑の視線を向ける。


「これ以上下らないことをすれば、僕は君たちを消すしかないですね」


きっとあたし以上に六道骸のことを知っているであろう女の子たちは、これ以上この場にいることはどうなることかを理解したのか逃げていってしまった。一人残されたあたしは呆然と立ち尽くす。ストン、と目の前に飛び降りてきた男に小さくクスリと笑われる。その声にキッと睨みつけると我慢していたことを洗いざらいはき出した。あんたのせいで!なんであたしが!、女の子には弱くても男の子になら平気なあたしは六道骸に文句を全部ぶつけた。ぜんぶぜんぶこの男が元凶で、好きでもなんでもないのにこんなことに巻き込まれて、したくもない女の子とケンカさせられて。全部こいつのせいなのに。文句を言えば言うほど胸が痛くて罪悪感に包まれる。


「桜」
「‥っ」
「痛かったでしょう。ここ、腫れています」
「‥触んな」


悪態をつきながらも優しくゆっくり頬に触れる六道骸の手を払うことは出来なかった。あったかい。気持ちいい。ホッとした瞬間、さっきの出来事になぜだか涙が出てきた。本当は言い返したかった、けど何も言えなかった。怖かった。涙を我慢すればするほどボロボロこぼれてくる。そんな涙を六道骸は一つ一つ右手でひろってくれた。情けない顔なんてこいつにだけは死んでも見せたくなかったのに。揺れる視界の向こうに見えたのは困ったような照れたような複雑な顔をした男の子。


「泣き顔も可愛いですが、そんなに泣かないでください」
「‥変態っ」
「その顔もいいですよ」
「バカ」


下らない会話に二人とも少しだけ笑う。あたし、ちょっと分かっちゃったかも。いつも変なことばっか言うけど、今日のは慰めだったのかな。初めて見せた涙に初めて見た戸惑った顔。あたしたちはただの女の子と男の子。

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