不本意ながらどんなに速歩きをしてもいつまでもついてくるこの男と、なぜだか一緒に帰るはめになってしまった。これならおとなしくツナと獄寺くんと帰ってた方が何万倍もましだった。そんなあたしの心情も知らず、ニコニコかニヤニヤかニタニタかわけの分からない笑顔でついてくるこの男。黙っていれば認めたくはないが色男だ。一緒に隣りを歩いているとものすごくそれを実感する。だって道行く女の子たちがうっとりした目で見つめてたり時にはキャーなんて黄色い声までする。なのに、どんなに声をかけられてもチラリとも女の子たちに返事どころか視線すら与えない。六道骸というこの男は、この辺りの学校の女子生徒なら知らない子はいないほどに有名だった。
それにしてもあんなに名前呼んでるんだからちょっとは挨拶くらいすればいいのに。


「ねえ、あっち。名前呼ばれてますよ」
「ああ。そうですね」
「行ってきたらどう?」
「なぜ」
「‥‥え」
「なぜですか?」


な、なぜですかって聞かれても‥呼んでるからに決まっているじゃん。ニタニタしていた顔は急に真顔に変わっていて、あたしはオロオロうろたえる。だから苦手なんだ、この男。ニタニタしてたかと思えばこうやって急に真剣な顔をする。なにがきっかけなのかがまったく読めない。どうすればいいのか分からず俯いて黙り込むと目の前の男は小さくため息をついた。チラリと見上げると困ったような淋しそうな顔が見えて、思わずドキリとする。


「そんなに僕といるのは嫌ですか?」
「い、嫌って言うか‥」
「じゃあ、なぜです」
「‥‥だって、」


なにかを言い訳すればするほど目の前の男の表情は沈んでいく。いつもニタニタ笑ってるくせに今日はなんなの。ニタニタ顔しか見たことないんだから、そんな顔しないで。正直この男が苦手で苦手で、逃げたくて仕方なくてあっちの女の子たちのところへ向かわせようとしてた。まさかこんなに変な空気になるなんて、この男がこんなに気にするなんて思わなかった。とうとう俯いてしまった男に慌てて声をかけようと顔をあげると、右手を口元に当ててクフフフ‥と笑いを堪えている男がいた。


「‥‥は、」
「ああ、すみません。もう我慢できなくて」
「‥え、」


意味が分からない。こんなに意味の分からない人間に今日まで生きてきて出会ったことがない。さっきまで沈んでいた表情はいつの間にかいつものニタニタ顔に戻っている。ちょっと待て、今までの一体なにがきっかけで悲しそうな顔が笑い顔に変わったんですか。説明してくれ。ポカーンとしたまま今の状況について行けず、男の楽しそうな笑顔を見ながら立ちすくむ。そんなあたしを今度は我慢する気もないのか、ニタニタニタニタ覗き込んでくる。


「‥一体なんなんですか」
「いえ、すごく困っていたみたいだったので。つい」
「え、なにがつい?」
「ああ、いけない。口がすべってしまった」
「は?」
「クフフ。貴方の困った顔は興奮します、そういう意味で



ハアアアッ!?男から告げられた言葉に、体と表情は凍りつき心の中だけでありえないほど叫び声をあげる。え、つまり今までの表情はわざとだったってこと?ありえない!サイテー!思い切り罵ってやろうかとキッと見上げると、なにやら期待に満ちた目で見られていたのでやめておいた。ていうか、そういう意味でってどういう意味よ。そこまで考えてハッと意味が分かってしまい、カアッと赤くなる。いやだ、こんな冗談もかわせないなんて恥ずかしい。回りにこんなこと言う男の子なんていないから、言われ慣れていなくてどう冗談で返せばいいのか分からない。


「サイテー!バカ!」
「‥‥」
「もう一人で帰ります!」


とりあえずそれだけ叫んでバタバタ走って帰るともう男が追いかけてくることはなかった。ホッとすると同時にちょっぴり淋しい、なんて。

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