今日の朝にもらった靴箱に入っていた手紙には見たこともない女の子の名前が書いてあって、俺は何をどう期待していたのか力の入っていた体がふにゃふにゃと気が抜ける感覚に陥った。





「ていうか、誰?知ってる人?」
「いや、知んねー」


昼休み、結局俺一人じゃどうしようもなく恋の先輩だと言い張る憲治に手紙を見せることにした。手紙に書いてある差出人の名前を見るが見たことも聞いたことすらもない名前。内容はただ俺のことが好きだと、それだけ。普通こういうのって中庭に来てとか呼び出したりとかして言うもんじゃないのだろうか。手紙で知りもしないやつに好きだと言われても、俺にはどうしようも出来ない。むしろ何かの罠かと疑ってしまう。末次愛未、手紙の差出人のところにはその名前が書いてあり、必死に記憶をほじくり返して考えてみたけれど思い当たる人物は誰一人思い浮かばない。


「でもほら、可愛い人そうだな」
「は?何で?」
「だって、これ。可愛い字じゃん」


ほら、と憲治が俺の目の前に手紙を向けた。そこには、確かに丸くて可愛い女の子らしい文字が俺の名前と好きだという気持ちを綴っている。俺はズイズイと目の前に寄せられる手紙を奪うと、フンッと鼻を鳴らし封筒に手紙をしまう。可愛い、と思う。確かに可愛い字だと思う。だけど、何かが違うんだ。だいたい文字に可愛さを求めるってこと自体がもうすでにおかしい。文字は文字。可愛い可愛くないは関係ない。俺だったらもっと、あんな丸くて読みにくい字よりも綺麗で習字みたいでしっかりした字の方がいい。例えばあいつの字みたいな。
チラリと見る木下は俺に背中を向けたまま、朝先生に頼まれていたプリントの整理をしている。言い合いの喧嘩ならいつもしてたのにこんな喧嘩は初めてでどうしていいのか分からない。ただ、少しだけ‥淋しい、かも。

なあ、赤也。と、今まで無言なまま考え込んでいた憲治が名前を呼ぶ。


「同学年には末次愛未なんてやついなかったと思うぜ」
「ふーん、じゃあ先輩とかか?」
「分かんねーけど」


先輩、か。それなら仁王先輩か丸井先輩に聞いてみた方が早いかもしんねーな。
うーむ、と真田副部長みたいに腕を組んで考えていると、教室の後ろのドアが勢いよく開いた。あまりの音のでかさに驚いて、驚いた自分と驚かせたドア付近にいる知らない女に少しイラついた。数人の女子がでかい音をたてて開けたドアから顔だけを出して教室を覗いている。どうやら三年の女子らしく、用事もなくキョロキョロと喋りながら教室を見渡している。俺はこういうのが嫌いだ。知らない奴に自分のクラスを覗かれてクスクス笑われると、無償にイライラしてしまう。生意気にも先輩に向かって睨んでいると、一人の女の先輩に「あ!」と指をさされて手を振られた。


「赤也、今朝のボインの人!」
「ボイン?ああ、あの先輩」


ペコリ、と小さく頭をさげると先輩はまた今朝と同じようににっこり笑った。回りにいた女の先輩達にキャッキャ騒がれる中、ボインの先輩は遠慮もなく教室へ入ると俺の目の前までやってきた。遠くて気が付かなかったけれど近くで見ると物凄く美人だ。クリリッとした真ん丸の目で見上げられる。


「赤也くん、こんにちは!」
「え、あ‥こ、こんにちは」
「ふふっ!テニス頑張ってるのいつも見てるんだよ」
「ど、どうも‥ありがとうございます」


終始にこにこしっぱなしの先輩に、一緒になってぎゃあぎゃあ騒いで喧嘩する女子はいてもこんな雰囲気な女子と話す機会なんてなかった俺は目の前の先輩のペースにのまれっぱなしだ。にこにこ笑顔とは裏腹にこの妙な雰囲気から逃げ出したくてたまらない。教室にいる全員から注目されて気まずくてたまらない俺に、目の前の先輩は予想もしないようなとんでもないことばかりしかけてくる。まつ毛ついてるよ、なんて俺の頬に触れたり頭をなでなでしたり。いつもの俺だったら頭なんて撫でられたら喧嘩の元になりかねないはずなのに、この先輩の雰囲気がそうさせない。固まりっ放しの俺で散々遊んだ先輩は最後にとびきりの笑顔を向けた。


「私、末次愛未って言うの!よろしくね!」


手を振って教室から離れて行く先輩に俺はドッと疲れがきたのか、その場に両膝両手をついてガックリとうなだれる。


「なんなんだよあの女の子パワー。すっげえ疲れた‥」
「ていうか、赤也!あの人!手紙の差出人だったんだな」
「あー‥。だな」
「なんだよその適当な返事!」


手紙の差出人なんてもう誰だって同じだ。一度もこっちを向いてくんなかった。気にしてももらえなかった。
チラリと見る木下の背中に俺の胸はジクジクとなる。



差出人なんて、木下じゃないなら誰だって同じだ。

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