木下の泣き顔を見たのは別に初めてってわけじゃない。小学校のときから俺らはいつも喧嘩していつも対立して、俺が言い負かされることだって悔しいけどなかったわけじゃない。

それなのに、今さらあいつの涙にめちゃめちゃに動揺している俺がいた。





「赤也くーん!」
「あ、え?」
「おはよー!」
「え、おはよーございます‥?」


朝から知らない女の先輩ににっこり笑って挨拶された。誰だよあいつ、なんて考えながら返した挨拶に、先輩は楽しそうに笑うと手を振って走っていく。テニス部は学校では有名なので、こうやって知らない人に声をかけてもらうことも少なくはない。って仁王先輩とか丸井先輩が言ってた気がする。そんなもんか?なんて思ってたけど実際に知らない人に声をかけられたのは今のが初めてだ。


「‥‥」


うん、なんだかんだ悪い気はしねーな。なんてったって俺、二年生エースだし。


「あーかや!」
「ぐえっ!てっめ、憲治!」
「いたたた!」


朝から背中に飛び付いてきた憲治に飛び蹴りで返す。つーか、俺よりでかい図体で俺に乗っかろうとするな。微妙に膝が腰に入って痛えんだよ。
いろんな念をこめて、ズムム‥と睨むと憲治はそんな念すらはじき飛ばす笑顔で振り返ると、今後は気持ち悪い笑顔でツンツンと俺の肘をつつく。


「さっきの女の子、誰だよ?」
「はあ?」
「挨拶してただろー?ボインな人と!」


ボイッ‥!?

なぜか焦る俺をよそに憲治はさっきの知らない先輩の胸がでかかったやら形がよかったやら柔らかそうだったやら、いろいろと熱く語ってきた。最後に「なあ?」なんて同意を求められて、なんだかもう頭も胸もいろいろ悶々するんだけど。
まだいろいろ語っている憲治をよそに、さっきの知らない先輩を思い出す。胸なんか‥あったか?全然思い出せねー。


「あっ、木下さん!おはよー」


憲治の突然の大声にビクッとしてしまった。なんとなく、今はその名前の人物に会いたくなかった。「憲治くんおはよー」って、妙に優しい声がして憲治の後ろからチラリと覗くと、笑顔で歩いてく木下がいた。ただ、その笑顔は俺に向くことはない。
こないだ、保健室で木下を泣かせてから木下は俺と目を合わせることすらしなくなった。最初に目をそらされてからすぐに避けられてると気付いて、それからは話しかけてない。話しかけて無視なんかされたら嫌じゃん。なんか‥嫌じゃん。


「お前、木下さんと喧嘩してんの?」
「‥別に」
「ふーん?なるほど」


どこか意味深な憲治の言葉に、いちいち反応する俺。なるほどってなんだよ。お前のそのなんでも知ったような口振りがイラッとくんだよ。


「だいたいー‥!」


文句を言いながらバンッ!と音をたてて靴箱を開けると、中に可愛いハートの封筒の手紙が入っていた。それが目に入った瞬間俺は口をぽかーんと開けたまま固まる。封筒にはちゃんと可愛い字で『切原赤也さまへ』と書いてあった。俺は一瞬それがなんなのか分からずに無言でいると、ここぞとばかりに憲治が手紙を取り上げる。


「ちょ、返せよ!俺のだっ!」
「切原赤也さまへ、だって!うっわ!ラブレターじゃん!」


初めて見たー!とぎゃあぎゃあ騒ぐ憲治から手紙を取り上げ、ポケットの中へ丸ごとズボッと突っ込む。ちょっとくしゃくしゃになったけど、仕方ない。心の中でごめんなさいと謝ってから今だ騒ぐ憲治のケツに蹴りを入れる。バカやろ、お前がぎゃあぎゃあ騒いだせいで俺の喜びがなんか半減したじゃねーか。


「中身、なんて書いてあった?」
「お前には言わん」
「なんだよ、ケチ!この憲治先輩がアドバイスしてやろうかと思ったのによー」
「いらねーよ!なにが先輩だっつの!」


ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、心の隅っこで手紙の内容を早く読みたくてたまらない。やっぱり気になる。だけど、気になるのは内容よりも誰が書いたのかだった。
一瞬だけ、木下の顔が浮かんで、もしも、無視してごめんなさい‥な内容だったら、とかそんなことばっか。



なんだかんだ、俺は木下のこと嫌いじゃないみたいだ。

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