せっかく高瀬くんが運んでくれた資料だったのに、わたしは結局なんにも頭に入ってこなかった。目線は文字を追いかけるけど頭で理解が出来ない。午後の授業はボロボロだった。







放課後。ちんたら帰る用意をしていると教室に利央がやってきた。誰か探しているのか教室をキョロキョロと見回す。誰かなんて、多分一人しかいないけども。


「利央、高瀬くん探してるの?」
「あ、先輩。準さんと一緒に行こうと思って誘いにきたんすけど‥」
「もう先にいっちゃったみたいだね」


はあ。利央は深いため息をつく。「頭から追い払いたい悩みがあると、すーぐ野球に没頭すんだから」、利央の独り言に思わずドキッとする。追い払いたい悩みって、さっきのことと関係ないよね?わたしの言動が高瀬くんの野球の邪魔になっていないか、不安になる。
田中さんの言ったことも高瀬くんの言ったことも、本当はどういう意味なんだろう。ただ、傷付いたような横顔だけがわたしの胸をズキズキさせる。


「利央、一緒にグラウンド行こっか」
「えっ?」
「わたしも用事があるの」


利央は一瞬だけ驚いた顔をして見せたけど、すぐにニコニコ笑うと大きく頷いてみせた。



グラウンドにはもう数人の野球部がいて、キャッチボールをしたり素振りをしたり走ったりしていた。わたしはその中で高瀬くんを見つける。遠くにいてもすぐにわかる。特別に輝いているかっこいい男の子。帽子をかぶりなおして構えるとキャッチャーミットへボールが吸い込まれていく。
中学の頃もそういえばよくこうして野球部を見に来ていた。その頃はまだルールや選手も全然知らなかったけど、今ならハッキリ分かる。あの焼けるように熱い中それでもやめずに野球部を見つめていたのは、熱さにもプレッシャーにも自分からも逃げ出さない高瀬くんがいたからだ。


「利央。高瀬くんは?」
「今投球練習終わったみたい!呼んでくるっ」


しつけられた賢い犬のように投球練習を終えた高瀬くんの元へ走っていく。利央と会話を交わした高瀬くんがわたしの元にかけてくる。それだけで心臓がバクバクする。田中さんの言うことも高瀬くんの言うことも、わたしには本当のことなんて分からない。いろんなこと考えることは出来るけど、正解は高瀬くんしか知らない。わたしはどうしても、その正解を知りたい。わたしの考えて出した答えが当たってるのか知りたい。


「‥なに?」
「あの、えっと‥」
「呼ぶの、俺じゃなくて利央のがいいでしょ。あいつもっかい呼ぼうか?」
「いい!いい!高瀬くんに用事あるから‥」


だんだん小さくなる声に小さくなる体。やっぱり本人目の前にすると緊張する。


「俺終わるの遅いから帰んなよ」
「で、でも‥」
「待ってられても困るし」


高瀬くんの声が心なしか冷たく感じる。そのまま俯いて何も言えなくなるわたしに高瀬くんは「じゃあね」、と告げると走っていってしまう。遠くで利央が心配そうに見ている。わたしは利央に大丈夫、の意味をこめてニコッと笑って見せる。複雑な顔した利央もわたしにニコッと笑い返してくれた。
そんなやり取りをしていると、背後から最近初めて聞いた声がした。振り返ると、野球部の男の子が立っていた。名前は確か利央が慎吾さんって呼んでいたような。


「お、利央の」
「‥どうも」
「何してんの?利央待ってんの?」
「そゆわけじゃないですけど」
「へえ?じゃあどゆわけでここにいんのよ」
「うっ」


ん?、意味深に顔を覗き込まれてわたしはたじろぐ。困った顔をすればするほどこの男の子はニコニコ楽しそうに笑う。なんか、このひとには敵わない。頭でそう理解したと同時。わたしは誰かに腕を捕まれてぐいっと引っ張られた。そのまま誰かの背中に回されて、その見慣れた背中に守られる。


「何してんスか」
「おー準太。何もこの子がぼんやりしてっから声かけてんのよ」
「‥‥」
「あ、おいっ」


慎吾さんの声も知らないふりで高瀬くんはずんずんグラウンドから離れて歩き出す。もちろんわたしは腕を捕まれたまま。
しばらく歩いて人気のない中庭にやってくると、高瀬くんは急に立ち止まった。振り返ってわたしを見るなり盛大にため息をつく。


「なんなんだよ、もう‥」
「高瀬くん?」
「‥頼むから、無防備にぼんやりすんのやめろよ」
「し、してないよっ」
「してるよ!だから慎吾さんとか利央がっ」


そこまで言って、高瀬くんはもう一度ため息をついた。それからキュッと自分のかぶっていた帽子をとると、わたしの顔が見えなくなるまで深くかぶらせる。何も見るな、と言われているようでくすぐったい。ブカブカの帽子から高瀬くんの匂いがする。なんだか高瀬くんしか見えなくなる。前も見えずにされるがままでいると、消えそうな高瀬くんの声がした。


「なかったことに、すんなよ」
「‥え?」
「気持ちなんて簡単に変わんねぇよ、ここまで言っても分かんねぇの?」


帽子で表情が見えない。三年前のあの真夏の日の高瀬くんは、一体どんな顔をしてたんだろうってずっとずっと考えてた。わたしはおそるおそる帽子から高瀬くんを覗き込む。
野球に一生懸命な高瀬くんをかっこいいと思っていた。バッターから目を逸らさずに必死に捕まえる。
今の高瀬くんも同じ目でわたしを見ていた。あの真夏の日と同じような熱の中で。
わたしは帽子をキュッとかぶりなおすと、今度は逃げ出さずに見つめ返す。


「中二の時から好きでした!」
「‥はっ?」
「えへ」
「中二の時って‥ごめんなさいつったじゃん!」
「だって今気付いたんだもん」
「はあー?」


ごめんね、大好きだよ!そう言って笑って見せると真っ赤になった高瀬くんに「ズルイ‥」と呟かれた。
熱くなる日差しに熱くなるわたしたち。夏はまだ始まったばかり。

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