走って走って、千歳のアパートまで急いでいると千歳と付き合い始めたばかりの頃を思い出した。まだ始まったばかりで知らないこと分からないことだらけで、いつまでたっても大きな背中を追いかけてるような気がしてた頃。あの頃と気持ちはちっとも変わってないのに、久しぶりに千歳の背中を追いかけてる気分だ。付き合っていつも一緒にいたって気持ちが通じ合っていたって、やっぱり相手を信じて追いかけてなくちゃダメなんだ。一人で恋愛なんて出来っこない。二人だからやっと恋愛になるんだ。
そう思うとはやく千歳に会いたくてたまらなくなった。はやく会って顔が見たい。確かめるみたいに触れてぎゅってしたい。わたしは初めて付き合い出した日の甘い気持ちを思い出していた。





坂を下って曲がると千歳のアパートが見えた。ドキドキする胸を押さえて部屋へ急ぐ。チャイムに指を伸ばしかけたところで部屋の中から千歳の声が聞こえてきた。誰かと電話しているのか千歳の声だけがとぎれとぎれに聞こえる。「だけん余計なことせんとって‥」「白石のせいじゃなかよ」、ところどころに白石の名前が出るってことは電話の相手は白石かな?

カタン。

しまった、と思ったときには寄り掛かっていたドアが開いていて中にいた千歳と目が合っていた。





「‥‥」
「‥‥」


無言の時間がただひたすらすぎていく。部屋に入れてくれたはいいけれど、何も喋らない千歳になにやら空気が押し潰されている。息苦しい。水の中にいるみたいだ。雰囲気に溺れてしまいそうだ。
どうしよう、勢いで来たはいいけれど何をどう言えばいいんだろう。お互い地べたにペタンと座りこんだまま何も言わない。千歳の沈黙がこわい。このままじゃ苦しいだけだ。何か言わなきゃ、何か‥


「‥嫌んなった?」


ぐるぐる頭の中で言葉を整理していると千歳が口を開いた。突然すぎて一瞬意味が分からなかった。俯いたままの千歳からは気持ちが読み取れない。


「俺んこと、嫌いになった?」
「な、なんで!」
「なんでって‥そんなん」


千歳に悲しそうにふいっとソッポ向かれて胸がズキンと痛む。わたしは千歳のこの表情に弱いらしい。この顔を見るとどうにかしてあげたくなる。嫌にも嫌いにもなるはずがないのに、きっとそれは伝えたって今はまだ証明出来ないから仕方ない。嫌なのは千歳自身じゃない、男の子の千歳にとっては当たり前なことにヤキモチ妬いて駄々こねてるわたし自身だ。


「あんなん見て気持ち悪かろ?」
「そんなことっ‥」
「いいけん、今日はどげんしたと?俺んこと振りに来たとね?」


自嘲気味に笑った千歳が悲しくてわたしはそんな悲しいことを言わせたいわけじゃなくて、ただ本当の気持ちを伝えたくてここに来たはずだったのに。ちゃんとするつもりだったのにあまりに勝手なことばかり言う千歳に腹が立ってきた。振りになんて来るはずない!千歳は分かってない、あんな女優さんにまでヤキモチ妬いちゃうくらいみっともない彼女で、それくらいわたしは千歳が好きで好きでたまらないってこと。千歳は分かってないよ!

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