大きな背中に連れられてきたのは誰もいない屋上だった。グイグイと遠慮なしに腕を引かれて、なにも言わずについていく。なにも言わないんじゃない、なにも言えないんだ。千歳の無言の背中がすごくわたしを追い詰めていた。ビクビクしたりドクドクなったりドキドキしたり、千歳が相手だとわたしの心臓は大忙しだ。こういうときに不謹慎だけど恋してるんだなあって思う。怒ってる千歳を前にしてもどんだけ複雑な気持ちになってても、わたしのド真ん中にはいつも千歳への大好きが詰まってる。
ピタッと立ち止まった千歳が振り向きもせずにわたしに問い掛けた。


「何でメールせんとね」
「な、何でって‥」
「言えんと?」
「‥や、」
「俺には言えん?」


ゆっくり振り返った千歳の顔を見たとき、なんだか窒息しそうになった。息苦しい。なんどもなんども言いたい言葉と伝えたい気持ちが頭の中を回っていく。そんな顔しないで、どう言葉にすればちゃんと伝えられるのかが見つからない。喉が何度もぎゅっと締まる。


「だ、だから、ちょっと忙しくて‥」
「嘘ばっか」
「う、嘘じゃないよ」
「なら何でそうすぐ言わんとね」
「だ、だって‥」


これ以上は平行線だ。昨日の出来事がわたしの中でぐちゃぐちゃになってしまっているのは事実で、でもそれを千歳にわざわざ告げるべきことなのかが分からない。出来るなら気にしたくないしなかったことにしてしまいたい。でも、目を逸らしたままに出来ないいつかは通る問題なわけで。結局はきっかけが千歳の部屋で見たあのDVDだっただけで、わたし自身の問題なのだ。
それ以上は何も言わないわたしを見た千歳は、ふいっと目を逸らすと小さな声で「もうよか」と呟いた。


「言えんなら言わんでよか」
「えっ‥」
「もう知らん」


冷たく言い放つと千歳はわたしに背中を向けた。こんな千歳は初めてでいつも優しくてあったかくてわたしを包んでくれて。そんな千歳の背中を見ると泣き出してしまいそうになった。こんなことになるなら、このまま千歳とわけわかんないまま終わっちゃうくらいなら、全部言ってしまった方がいいような気がした。


「だって!見ちゃったんだもん!」


わたしの声に千歳が振り返った。キョトンとした顔でわたしを見つめ返す。言いたくないけど、確かめたくないけど、もうここまできたら聞くしかない。


「見たって、何を?」
「‥‥」
「桜」
「‥やらしいやつ‥」
「え?」
「だから!なんか‥やらしい女の人とかのDVD!」


わたしの言葉に固まったまましばらく動かなかった千歳はしばらくしてようやく言っている意味を理解したのか、しまった、と言いたげな顔をした。その表情を見たときに全部を理解してしまって、わたしは千歳の横をすり抜けて走って逃げ出した。これ以上は堪えられなかった。大好きな千歳が例えああいう女優さんでもわたし以外の女の人をそういう目で見ること。
「桜っ!」、背中で千歳の声が聞こえたけど振り返らない。複雑に感じてた理由が分かっちゃった。悔しかったんだ。わたしはあの女優さんに嫉妬していたんだ。

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