時計に目をやる。
そろそろ日付が変わる時間だ。彼を送り出さなければ。
「土方さん、」
「…あぁ」
黙って彼を誘導するように歩く。玄関はこんなに遠かっただろうか。いつもより玄関までの道のりが長く感じられた。
「朝は冷え込みます。お体に気を遣ってください」
「わかってる」
「煙草も程々になさって」
「心配いらねーよ」
心が重い。ずっしりと乗りかかってくる。胸が苦しい。本当は彼を送り出したくなんてない。ずっとここにいてほしい、ずっとそばにいてほしい。欲を言えば、ずっと一緒にいたい。けれど泣く子も黙る真選組の、しかも鬼の副長である彼が戦地に赴かないわけにはいかない。指揮官として彼も戦に参戦する。
「今回はながくなりそうだ」
「存じております」
「伴うリスクも大きい」
「………」
「最後に、なるかもしれねェ」
彼は私を抱きしめた。とても強く。けれど、放さないとでも言うような、そんな彼の力がひどく心地良かった。
「心配はなさらずに」
「…?」
「私は、いつまでも此処で待ってますから」
「じゃなきゃ俺が帰る場所がないだろう」
抱きしめる腕に再び力が入る。それに応えるように彼の胸に縋りつく。ずっとこうしていたい。感覚が麻痺してしまう程の愛に満ち溢れたこの抱擁を、死ぬまでしていたい。
両手を伸ばして彼の顔を包む。それから精一杯の背伸びをして、彼の唇に触れるだけの口付け。いってらっしゃいの意味を込めて。もう時間だという、私なりの合図。
「行ってくる」
「ご無事で」
ずっと抱き合うことが許されないことだとわかっている。ましてやずっと抱き合いたいなんて口にしてはいけない。彼を見送るのが自分の役目であって、彼の決心を揺るがすようなことを決して言ってはならない。わかっている。わかっていてなお、そう思ってしまうのだ。
届かない夜明け
(080330)