目の前にひろがる景色に、ただただ見とれた。暗い夜の黒空に、赤がとってもきれいに映っている。同じ赤でも血の色には見飽きていたところだから、ちょうどいい。ターミナルからの眺めってこんなに良かったんだ、なんてのんきなことを考えた。
「きれいだね」
返事らしい返事はきこえなかったけれど、「あぁ」と小さく口が動いたのがみえた。なあんだ、もっと興奮してると思ったのに。隣に立って火につつまれた江戸を見下ろしている高杉の表情からは、いつもの狂気は感じられなかった。
「こわいの?」
馬鹿げた質問に高杉はただいつものように笑った。こわくないと判りきっているくせに何故そんなことをきくのか、と言いたげだった。わたしもどうしてこんなことばが出てきたのかはわからない。ただ、高杉の横顔を見た瞬間すとんと口から出てきたのだ。だって、高杉のあんな顔みてしまったんだもの、仕方ないじゃない。この世の絶望を見ているような、寂しい表情がたった一瞬だけ、ちらと見えたから。
「わたしは、こわいよ」
火の海を映していた眼にわたしが映る。こわいなんて言ったわりには、高杉の目にはいつも通りのわたしが映っている。
「そうかィ」
何もこわいことはない、となだめることも、自分も本当はこわいのだと、弱さを見せることもしない。でもそれが今のわたしには心地よかった。どっちにしろ、もう死んでしまうのだから、こわいなんて感情を持ち合わせていたって、どうしようもない。
「これで、よかったのかな」
「なにを今更」
「だって、」
「お前は、好きで俺についてきたんじゃねェのか」
「そうだけど」
「文句なんざ言えまいよ」
「…そうね」
夜風がふいた。火の熱をおびた、少し生暖かい風。そういえば、みんなは今どうしてるんだろう。銀時とか、彼の新しい仲間の子供たち。銀時のことだから、こんな火事なんかじゃ死なないだろうな。小太郎も、どこか逃げてそうだ。辰馬は。辰馬のいる空から、江戸の大火は見えてるのだろうか。先生は?もう少しで、また先生に会える?
「先生に会えるなら、こわくないや」
「……」
「もう、覚悟できてるから」
一歩だけ、前に進んだ。火の海が自分の真下に広がっている。こんなにきれいな赤に呑まれて死ねるなんて光栄だわ。「オイ、」同じように一歩進んで、わたしのとなりにきた高杉がふう、と一服煙管をふかす。
「最後まで俺についてきた褒美だ」
口元に差し出された煙管に少し躊躇ったが、どうせなら死ぬ前に一回すってみようと口に加えた。すった瞬間に、じんわりと苦い味が口の中に広がる。まずい。
「褒美?詫びの間違いでしょ」
「違ェねェ」
げほげほと噎せるわたしをよそに、ククッと笑った高杉はまっすぐと前を見据えた。空と江戸、黒と赤のコントラスト。
「最後とは言わず、向こうでもずっとついて行くよ」
「そりゃァ心強ェこったな」
名残り惜しそうに最後の一服をふかして、煙管を火の海へと落とした。それを合図に、高杉の手をひいて身を投げ出した。一瞬だけかおった苦いにおいに、鼻の奥がつんとした。
(120301)
指先でなぞる愛