視界に入ってきたものを指で潰した。せっかくの昼寝が台無しだ。同じ畳の上に蟻がいたなんて。寝る気うせるぜちくしょう。ご愁傷さまとティッシュを被せようとしたけれどそれはまだ生きていた。縮こまった蟻はまた元の形に戻ろうと必死で痙攣がおきてるのかピクピクと体を揺らしている。見るからに醜い。
「いいよ、そこまでして生きたいなら生きればいい。殺す気も失せたわ」
「随分と勝手な独り言ですねィ」
後ろから返ってくるはずのない返事がひとつ。沖田かな。
「また仕事さぼってる」
「息抜きでさァ」
土方さんに怒られても知らないよ。マヨ野郎なんて知ったこっちゃねーや。うん確かに。にしてもこんな時間から昼寝ですかいィ?そうですよーだ。暇人たァ可愛そうに。その言葉そっくりそのまま返すわ。俺ァ仕事もあるんでィ、どっかの誰かと違って。今日は非番なだけですー、てか仕事あるなら仕事やれよ仕事。嫌でさァ、非番のお前が代わりにやれ。なんか矛盾しまくりだよ沖田くん。そうですかィ。そうですよ。
沖田の目が蟻を捉えた。蟻はいまだに縮こまったまま。
「私もこんなにしぶといのかなぁ」
立ちはばかる敵をお構いなしに斬って殺されまいと必死に刀を振り回す。しぶとく粘り強く生き抜いていく。小さな蟻の醜い姿を自分と重ねたくなる、へんなの。
「さァどうだか。俺にはさっぱりわかんねーや」
沖田の手が蟻を捉えた。蟻はもう動かなくなった。
「酷いことするのね」
「酷いことしてんのはお前だろィ」
「なんでよ」
「死ぬか生きれるかの苦しい中さまようなら死んで楽になる方がマシでさァ」
「そうかなぁ」
「だからこの世に切腹とか介錯ってもんがあるんでィ。俺ァ蟻の介錯してやったまででさァ」
沖田の言う通りなのかもしれない。蟻は苦しかったのかな。つらい思いさせてごめんね。でももう大丈夫、沖田が介錯してくれたからあの世じゃ幸せに。今度こそご愁傷さま。ティッシュを動かなくなったそれに静かに被せる。蟻からしてみればティッシュは大きなもので、すっぽりと黒い体を覆い隠してしまった。白いティッシュに黒い蟻はよく映えて、こんなに透けて見える。まるで存在を主張するみたいだ。皮肉なものね、どんなに黒い体でいくら主張したって死んでるのに。
「私が生と死でさまよってるときは介錯よろしく」
「縁起の悪ィこと言うんじゃねェ」
「この蟻みたいに私もあっけなく死ぬのかな」
「嫌なんですかィ?」
「だからあんたに介錯頼んでんじゃない」
「俺に介錯されたら間違いなく胸クソ悪ィまま逝っちまいやすぜ」
ハハハと笑う沖田はちょっとだけ幼く見えた。
「それでいいの、私はそれがいいのよ」
被せたティッシュで息絶えた蟻を掴んだ。そのままゴミ箱へ放り込んで休憩室から退散。部屋に一人残された彼は意味わかんねェとか言ってるけれど無視。いずれわかるわ、そうしなきゃいけないときがきっと私たちを待ってる。そのとき私はきちんと埋葬してもらえるのかな。さっきの蟻と同じようにポイっとゴミ箱みたいな戦地に放っておかれるのはやだなぁ。
最期まで満足に生きられなかった小さなものに誓うのです、私は終わりを全うすると
(080211)