「只今より、婚礼の祝儀を行います―――」


ちょっと待て。この状況、おかしいと思わないか。いやおかしいに決まってる。なんであいつらまだ来ないの。式始まる前にぶっ壊すんじゃなかったの。ありえない、ありえないありえない本当にありえないんだけど。「白無垢、似合ってるよ。とても綺麗だ」そりゃどうも。とりあえず口を緩めて「ありがとうございます」とだけ言っておいた。もう清楚なふりするの疲れた。まったくいつまでこんな演技やればいいの。わたしの手に手を添えて微笑んでくるインテリむっつり男。まわりから見ればわたしたちは幸せな新婚さんってわけだ。考えただけで笑える。この男は幕府のお偉方さまであって、インテリぶってるのにどこかむっつりした顔つきである。まさにわたしがきらいなタイプの顔。わたしが好きな顔はな、鋭い切れ長の右目に、不敵な笑みをえがくあの口元、なかなか表情を面にださない冷徹な顔つき。あいつみたいな顔のほうが好きなんだよ!というより当の本人まだ来ないのかしら。



「誠におめでとうございます」「心よりお祝い申し上げます」いろんな人が次々と祝辞を述べていく。おめでとうと祝われる筋合いなんてないんだけれど。実に気分が悪い、というか、居心地が悪い。あいつに幕府の内部事情を探ってこいと言われて、このお偉方さまに近づいたのはもう半年も前の話だ。半年のあいだに随分とたくさんの情報を仕入れることができたし、結婚にまでこぎつけることができた。半年で結婚ってすごくね?わたし頑張ったくね?あいつの計画では、この結婚式をぶっ壊して、招待された幕府関係者―――お偉方さまから天人まで全部一掃することになっている。情報は手に入ったし、幕府と交友があるくらいの権力と富をもつ天人や、このインテリむっつり男のような幕府にとって中枢となる幕臣を消すことができる。まさに一石二鳥の計画。ただその計画がいまだに実行されないことに焦っている。式が始まって半時間くらい経つぞ、いい加減実行されてもいい頃なのに。


「では、新郎新婦に誓いの酒を酌み交わしてもらいましょう」


おいおいマジかよ、はやく来いはやく来いはやく来いはやく来いはやくしろ。いつまで待たせる気だあの野郎。いやだいやだ、この人と、誓いの酒を酌み交わすとか、キスとか、そういうことはしたくない、絶対。この男とは手をつなぐことくらいしかしていない。過去にキスをせがまれて、結婚するまではよしてくださいと言ったくらいだ。わたしはたとえ任務でも、そういうことはしたくない。本当に好きな人としかしたくない、つまり心は純粋な乙女なのである。これはわたしなりのポリシーであって、絶対に譲れない。てなわけではやく来いよ鬼兵隊!


そんなわたしの願いはむなしく半分飲み干されたお椀が渡された。飲めってか、いや無理だってば。勘弁してくれお願いだ、やめてくれよ。「どうしたんだい?」なかなか酒を飲もうとしないわたしを見てインテリむっつり男が焦りはじめた。まわりの人たちもどうしたんだとガヤガヤざわめきだす。「気分悪いのかい?大丈夫?」大丈夫じゃないですと言えるはずもなく黙っていると、司会者がそばに来て、とりあえず椀に口をつけろと指示をしてきた。仕方ない、ここは堪忍しなきゃいけないか。さよならわたしのファースト三三九度、どうせならあいつとしたかった。まあ無理だろうけど。







「そいつは酒が苦手でなァ」




椀に口をつける寸前、会場に似つかわしくない声が響いた。マイク越しと言えど、この声を聞き間違えるはずがない。司会のマイクがある場所に目を向けると、派手な着物の男が立っている。鋭い切れ長の右目、不敵な笑みをえがく口元、表情がつかめない冷徹な顔つき。まさに予想通りの人物がいた。全身の力がぬけるのがわかる。ああ、やっと来てくれたんだ。「曲者だ!」「捕まえろ!」「あれは高杉晋助だ!」「あの過激派浪士がなぜここに!」突然の襲撃に会場は大パニック、ああなんて滑稽なんだろう!

「愉快な結婚式ッスね!」
「女性の白無垢姿ほどそそられるものはありませんね」
「変態は黙っててください」

また子と武市さんがわたしのそばにきた。ああ安心した、みんな来てくれないのかと思ったよ。「逃げるッスよ」また子がわたしの手をひいて走り出す。本当にこの子は要領がいい子だなあ。「僕の花嫁からはなれろ!」目の前に立ちはだかる男を押しのけて、ぐいぐい進んでいく。インテリむっつりさん、今まで騙しててごめんね。どうかいい花嫁でも見つけてね。あっでも今日で死んじゃうから、それはできないのか。ちょっとかわいそうだなあ。

「新婦から手を離せ!」前方から斬りかかってくるたくさんの男を、何でもないようにまた子は銃で撃ち抜いていく。頼もしい部下である。もうすぐで出口だ。やっと会場から抜け出せる。

「あっ」

と思ったところでつまづいてこけてしまった。走りづらいんだよな、この格好。

「大丈夫ッスか?」

立てます?と差し出された手を握ろうとしたとき、彼女のうしろに刀をもった男が見えた。やばいやばい、斬り殺される!

「また子うしろっ!」
「死ね小娘!」

また子が男に気づいたときはもう刀が振り上げられていた。だめだ、避けようにも間に合わない。


「うっ…」

血が飛び散ってきて、わたしの頭は脳内パニックを起こしていた。また子が斬られた、どうしようどうしようどうしよう。はやく治療しないと。恐る恐るまた子を見上げると、なんということでしょう!まったくの無傷ではありませんか。

「晋助様!」

ずさりと倒れた男のうしろに、高杉が立っていた。なるほど、さっきの血はまた子じゃなくて男の血だったらしい。「おいのろま、さっさと立て」実にうざったい。「白無垢走りづらいんだよ」「脱げばいいだろ」「アホか寒いわ」「知るか」こんなやり取りをしている間にも斬りかかってくる敵を、片っ端から撃っていくまた子は本当に気が利くと思う。「前方は私におまかせください!」また子最高にかっこいい。「とっととしねェと置いていくぞ」高杉全然かっこよくない。はやし立てるばかりでむかつく。ぐずぐずしてる間にも高杉は進み出した。本当に優しくない奴だ。また子を見習えと言ってやりたい。ただこのまま置いていかれるのは癪なので必死についていく。

「いつからいたの」
「祝辞から」
「へぇ」

よくもまあこんな派手な人間が会場で気づかれなかったものだ。

「もっとはやくに式ぶっ壊してくれてよかったのに」
「新郎新婦がなかなか様になってたからな」
「皮肉もいい加減にしろ」
「貴やかな女を演じるお前が滑稽すぎて笑えたぜ」
「最低」

わたしたちの総督はとっても悪趣味である。

「晋助様ァ!敵はこれで全滅ッス!」
「うまくいったようですね」
「…撤退だ」
「はい!」

そのくせ鬼兵隊のみんなから慕われていて、

「テメェも長い間よくやった、なかなかの活躍ぶりだったぜ」
「あ!一人だけほめられるなんてずるいッス!」

どこか憎めないわたしたちの総督です。



(111109)
本当は長編の一話になるはずでした
もしかしたら長編やるかもしれない

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