「丁か、半か」


声が聞こえてきた部屋を覗き込むと盛大に博打が行われていた。部屋にいる者は誰一人として総督である自分に気づく気配がない。ずらりと部下が座っている輪の中に一人の女がいた。どうやら奴を中心にこれは行われているらしい。相変わらずの博打癖に溜め息が漏れた。


「わたしは丁で」

「じゃあ俺は半」

「げっ、晋助だ」


俺に気づきもしない野郎共に悪態をついてやろうかと部屋に入ったものの、どうやら俺はこいつに歓迎されていないらしい。他の部下が次々と頭を下げる中、こちらを見向きもせず賽の入った壷を凝視する彼女を見て、よくもまぁ飽きもせずこんなことをやり続けるものだと心底思った。


「俺も半」

「俺も」

「半」

「こっちも全員半だ」

「また私一人だけ?」

「お前が賭けるほうは絶対外れだということを、てめー以外の奴らはよく分かっていやがる」

「黙らっしゃいな」



俺の言ってることは間違いではない。なんせこいつは賭けに弱い。弱いどころか百発百中見事に外すほどの実力の持ち主だ。なのに当の本人は大の博打好きで、これまた困ったものである。



「丁が一人、半が八人。あけるぞ」



壷振りが壷をあける。食い入るように真剣な目を壷に向ける彼女を見て、少し口元が緩んだ。何を本気になってやがんだこいつは。


「賽の目は二、三の計五。よって半の倍返し、丁は没収」

「まじでか」

「さすがだな」


俺たちの期待を裏切ることもなく、見事に予想を外す彼女に同情と哀愁の念が込み上げてきた。最初から博打なんてやらなければいいものを。阿呆すぎて手に負えない。「八人分の倍返しなんて鬼畜すぎるよ本当」彼女の手元にあったんまい棒は跡形もなく消えた。「はい、晋助も」渡されたのはんまい棒チキンカレー味。「いらねェ」「貰っときなよ、賭けなんだから」ふざけんな俺はコーン味派だ。「わたしの手持ちなくなったから、今夜はここまでね」その言葉を合図に他の奴らは部屋を出始めた。明日に備えておけよと言えば欠伸をしながらへいだかはいだか分からない曖昧な返事をされた。まったくダメな部下達である。



「また全敗だー」


そしてダメな女である。部屋に寝転がる彼女を見下ろした。だらしのないという言葉がしっくり似合う。


「いつまでもあんなくだらねーことしやがるな」

「晋助が相手してくれないからよ」

「俺のせいにするな」

「明日だって喧嘩売りに行くんでしょう」

「あァ、幕府のお偉い方どもにご挨拶だ」

「失敗するに一票」

「馬鹿言いやがる」

「なぜなら、晋助が最近相手してくれないから」

「しつこいぞ」

「まあ負けて帰ってきても私を売るなりして儲ければ金は何とかなるでしょ」

「吉原にでも売れってかィ」

「高杉晋助のお墨付きの女ってね」

「随分と高い値が付くもんだ」

「我ながら惚れ惚れするわ」

「笑わせやがる」

「だって本当でしょ」

「どうだか」

「唯一愛する女だもの」


得意のしたり顔で勝ち誇ったように笑ってきた。俺はこのしたり顔が苦手だった。プライドがくすぐられて、意地でもその表情を壊したくなってどうにも手につかないからだ。実に厄介な感情である。


「俺がそんな女をわざわざ手放すかよ」


胸ぐらを掴んで強引に接吻をくれてやる。にやりと彼女の口が弧を描いて、満足そうな表情が出来上がり。「毎日こうしてくれたら博打なんてやめるのに」彼女の不平など聞く耳をもたずに俺は部屋をあとにした。「絶対負ける!明日は晋助が負けるほうに賭ける!」「上等だ、その代わり俺が帰ってきたら1日中付き合えよ」そっけない俺の態度が気に食わないのか、襖の向こうで躍起になる彼女に言い放ってやった。遊郭に売れだの相変わらず馬鹿な思考回路には呆れるが、それが俺のためを思って言ったことだと気づかないはずがないし、「失敗する」と脅しをかけるのも、本当は行ってほしくないという彼女の本音だということにも気づいている。もっとも、あいつが俺の失敗に賭けたところで当たるはずもないのだが。戦から帰ってきたら彼女に何を要求しようか、考え出すと思いの外楽しいものである。案外たまには博打もいいかもしれない。




       丁
       と
     も 張
   わ し ら
   し 半 ん
   を 出 せ
   売 た
   ら ら
   ん
   せ
   吉
   原
   へ






(110724)
素敵な企画をありがとうございました!

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