「56個」
「うわっ!多すぎ」
「去年は60個以上貰いやした」
「今日はまだ終わってないよ。帰り道とかで貰えるんじゃないの」
「晩飯はチョコ三昧でィ」
2月14日、いわゆるバレンタインデー。計算しきっている女子と、ひそかに期待している男子、どちらにとっても心躍る1日になるこの日。どうせみんな浮かれてときめいてる日。誰が何をしようと大目にみてくれる日。だからこそ、わたしもめでたいその行事に参加してみようと思った。高3という、最後の青春バレンタイン。わたしにチャレンジする権利くらいあるはず。テンションとは恐ろしいもので、この日が近づいてテンションが上がる度に、わたしは何もこわくなくなった。どうせ学生最後のバレンタイン、振られたっていいじゃないの!楽しければいいのよ!
「あ、旦那」
「えっ」
沖田の目線の先にはダルそうに廊下を歩く坂田。チャンスは今しかない、わたしの直感がそう告げた。
「さ、坂田っ!」
「え?」
気づけば鞄を持って坂田のところへ走り出していた。呼び止められた張本人は不思議がっていたけど気にしない。とりあえず彼と向き合って心を落ち着かせた。あとはチョコを渡すだけ。
「何か用?」
鞄からチョコを取り出して坂田に渡す。たったそれだけの動作が、彼と目が合った瞬間とんでもない難問だと気がついた。わたしがここまでやってこれたのは他でもない、うわついたテンションのおかげだ。だけどいざ坂田を目の前にすると、頭は冷静になった。わたしは坂田と話したことなんてない、ていうか意外と坂田の背が高い、坂田のまつげが長い、坂田の肩ががっしりしている、坂田の制服のズボンには皺がたくさんある、坂田の足は大きい、坂田の…
目線がどんどん下がっていって、無性に恥ずかしくなってしまった。顔あげるなんて無理!ほんともう無理!限界!
「おい、大丈夫か?」
大丈夫じゃないです穴があったら今すぐ入りたいです。ああもうどうしよう!どうしようもない!
「おーいメス豚ァ、てめーが顔真っ赤にして俯いても、可愛さのかけらもねェからやめろィ」
教室の中から沖田の声がした。明らかにわたしに向けた言葉だ。ええい沖田むかつく!覚えてろよ!沖田の声を聞いたわたしの頭は、やっといつも通りに機能した。そうだ今更だ、ここまできたならチョコを渡せ!坂田にチョコを渡すくらいできる、頑張れ自分!
「これ坂田にあげる!」
差し出した小さな包み。ほどけかけの赤いリボン。きっと今わたしの顔はこのリボンみたいに赤いんだろうなあ。
「え、あ…お、俺?」
「うん」
「その…俺さ、悪ィけど」
ちょっと待った!まさかここまできて「彼女いるから」パターン!?彼女フラグううぅ!?えっやだ、だとしたらすごい恥ずかしい。この場から逃げ出したい。グッバイわたしの青春バレンタイン。
「…!おい、」
足が勝手に動いていた。坂田には彼女がいたのか。そりゃそうだよね、坂田はかっこいいし優しいし、何より魅力的だ。彼女がいても無理もない。あれこれ考えてるうちに屋上にきてしまった。2月のまだ冷たい風が身にしみる。手の中には小さな包み。昨日頑張って作ったのになあ。ほどけかけの赤いリボンをしっかりと結び直した。
「おー、いたいた」
昇降口から出てきたのは坂田だった。走ってきたのか少し息があがっている。それでもクールに決めるなんて相変わらずかっこいいやつめ。
「ん、」
坂田が右手を差し出してきた。え、握手?それ何の手?
「それ、」
「え」
「くれるんだろ」
ひょいとわたしの手中にあったものを奪った。え、ちょっと何なのどういうこと。
「彼女いるんじゃ…」
「いねーよ」
「えぇっ」
「何お前勘違いしたの?」
「まぁそりゃあ」
「俺はビターチョコは食えねーの!」
「は?」
「そう言おうとしたら、急に逃げやがるし」
「……」
「ただでさえ男がビター無理って言うの恥ずかしい話なのに、好きな女にそれを言うなんて余計恥ずかしいだろーが」
「え…あ、うん」
「ってわけで改めて聞くけど、これビターじゃない?」
「うん」
なんだ、そんなことだったの。あまりにもくだらないことで、くすくすと笑みがこぼれた。隣で坂田がするすると赤いリボンをほどいていく。わたしの心のもやもやした何かも、一緒にほどけていってしまった。
「それね」
「あぁ」
「とびっきりあまいよ」
バ
|
ズ
ハ
イ
わたしの青春バレンタイン、成功したようです。
(100215)
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ハッピーバレンタイン!