なんとなく。
なんとなくだけど普段帰りが遅い彼を寝ずに待ってみようと思った。ふとした思いつきを実行してから4時間が経っても彼が帰ってくる気配はない。時計の針は深夜2時をまわっている。
遅いなあ、と思った。けれどわたしが勝手に待っているだけだからそんな文句は言えない。それにいつも彼はこんな時間に帰ってきているのかもしれない。よくよく考えてみればわたしは彼が何時に帰ってくるのか知らないのだ。彼が帰ってくるよりもさきに布団にはいる。すでに習慣になっていたことだけれど自分の夫が帰ってくる時間を知らないなんてなかなか興ざめだと思った。
時計の長針が6を少しすぎたころ、かちゃりと玄関の鍵が開く音がきこえた。ああきっと帰ってきたんだ。玄関に行ってみるとやっぱり彼はそこにいた。
「おかえり」
作り置きしておいた夕飯を温めに台所へ向かった。背中から「ただいま」という彼の声がきこえてきた。そういえばこんなやりとり久しぶりな気がする。今更ながらにはずかしくなった。
鍋でシチューを温める。電子レンジですぐ温められるようにしていたけれどラップをかけたお皿を見るとなんだか悲しくなったからやめた。彼はきっといつもラップのかかったお皿を電子レンジでチンして平らげるのだろう。今日はわたしがいるんだからせめて鍋で温めてあげたかったのだ。
「起きてたのか」
「うん」
いつの間にか彼が台所まで来ていた。いつも帰りはこんなに遅いのかと問えば申し訳なさそうにそうだと答えた。夫婦の仲なのに今更そんな会話をするのがひどく可笑しく思えた。
「浮気疑ってるわけじゃないから安心して」
「言われなくてもそんなことしてねーから心配なんざ無用だ」
「そうだね」
「こんな時間までどうした」
「どうしたって言われてもなあ」
話せば長くなるのです。夕飯のシチューの材料を買いに大江戸スーパーに行った帰り道、見回りをしてた十四郎たちを見つけたの。声かけようと思ったんだけどね、十四郎が沖田くんの説教中みたいだったからやめたんだ。そのあと沖田くんが挑発したからもっと十四郎が怒って近藤さんがそれをなだめて。それを隊士の人たちは笑いながら見守っててさ、なんだか家族みたいだなあって思ったの。でね、仕事場であんなにたくさんの人たちに囲まれて賑やかなのに、家に帰ってきたら一人ってなんだか寂しいでしょ。それを考え始めたら眠れなくなったの。だから今日は十四郎が帰ってくるまで起きておこうと思って。
「ね、びっくりしたでしょ?」
話し終わると十四郎がわたしを抱きしめた。ああそういえばこういうのも久しぶりだねえと言ったらうるせえと言われた。今更照れ隠しっていうのも可笑しな話じゃないの。
「俺の家族はお前だけだっての」
それにお前がいてくれれば俺は寂しいなんてことはねえよ。耳元でささやかれる言葉に背中がぞくぞくした。まったくいつまで経っても十四郎は男前だなあ。
シチューがぐつぐつと音をたてはじめた。けれど彼がわたしを離してくれる様子はない。シチュー焦げちゃうと漏らした言葉にかまわねえよと返した彼はまたわたしをぎゅうと抱きしめた。彼の体温がとても調度良いからこのままでいたいのも山々なんだけど。でもね、旦那さんに焦げたシチューなんて食べてもらうわけにはいかないじゃないの。
(101201)
ことこと、ぐつぐつ