「あの頃は空が遠かった」
彼女はつぶやいた。彼女が見上げる先には青い空が広がっている。「今は空にいきたければすぐいけるようになったけど」彼女は今どんな顔をしているのだろうか。「空を飛んでみたいなんて今はもう思わない」天人の船が青を横断する。この国は完全に呑まれてしまった。
「あの空の向こうは何があるんだろうって」
「……」
「小さい頃ずっと夢見てた」
船が陽に重なる。あたりは船の影になった。
「あの綺麗な空には天人がいるなんてなあ」
皮肉なものね。返す言葉が見つからない。彼女は俺に何と言ってほしいのか全く検討がつかない。
「先生の家から見る空は大きくて澄んでて、船なんて飛んでなかった」
幼い頃、空に届かないか試行錯誤したことがある。ヅラが俺を担いで、その上に銀時がのって。こいつは横から頑張れと応援する。もちろん空なんて届くはずもなし。結局、先生に見つかって怪我でもしたらどうするのかと怒られただけであった。彼女はまだ覚えているだろうか。
「高杉、」
彼女が手を伸ばした先には果てしなく遠い空。船はいつの間にか通り過ぎていて、また陽が照らす。
「やっぱり、空は遠いね」
時代が変わる時は必ず失うものがあるという。偉人だったり伝統だったり、それが何であるかは後世の奴らが決めることだ。けれど俺たちはこんなにもはやいうちに、失ったものの一つに気づいた。空が消えた。ふと見上げれば拝めることのできたあの大きな空を仰ぐことなど、もう二度と出来やしないのだろう。
(101007)
近くなったようで遠ざかる