ーからん。
 ドアベルの音を響かせて顔をのぞかせたのは、小柄な女の人。すごく可愛らしい顔立ちの人だ。
 麻衣が知っている美少女と言えば真砂子だが、この人も真砂子に負けてないくらい綺麗な人。
 彼女はどこか戸惑ったように部屋を見渡して、そして少し離れた所にいる麻衣を見つけたようだ。彼女は麻衣に微笑む、麻衣もつられて笑顔になった。

「ご依頼でしょうか?」

 此処は、東京は渋谷の道玄坂にある『渋谷サイキックリサーチ』通称SPRのオフィス。超能力や幽霊などの心霊的な現象を調査するための事務所、というと胡散臭いかもしれない。
 けれど、それは紛れもない事実だった。現に麻衣はこれまで沢山の心霊現象を体験しているわけで………まぁ、そんな事を言ったって、体験した事のない人には信憑性のない話なのだろうけれど。

「はい、以前お電話した成瀬 透子と言います。えーと、此処は『渋谷サイキックリサーチ』さんで合っていますか?」
「合ってますよ〜ご依頼ですね?こちらの席にお掛け下さい。今、所長をお呼びします!」

 可愛らしい女の人、透子は麻衣の言葉にホッとしたように胸に手を当てた。なんでも霊能者の事務所だから怖い雰囲気なのでは、と心配していたそうだ。あはは、と麻衣は笑う。

「たしかにウチは、フツーの霊能者のイメージと違うかもしれませんねー。オフィスも綺麗だし。」

 今までも透子のようにSPRのオフィスに驚く人は沢山いた。それもそうだろう。このオフィスには怪しげなお札とか水晶とかが置いてあるわけじゃない。どっちかと言うと近代的でお洒落な、喫茶店の上にあっても違和感のまるでない雰囲気なのだ。一般的に浸透している霊能者のイメージとは大分違う。
 麻衣は透子をソファに促した後、すぐに所長室へと向かった。ノックは三回。ドアは直ぐに開き、中から少し不機嫌な所長が顔を出す。彼は最近の依頼が「ハズレ」ばかりだったため、機嫌が低気圧なのだった。が、そんな事知ったことじゃない。麻衣は気にせずに話を切り出した。

「なんだ。」
「成瀬さんって人が来てるよ。前に依頼の予約をしたって言ってた。」

 相変わらず不機嫌な所長は、麻衣に「お茶」とだけ言い残しオフィスの応接間へと向かっていく。あの機嫌のまま、依頼主の透子に当たったりしないだろうか。否定できないのが怖い。
 あの冷血漢な所長にチクチク嫌味を言われるのは麻衣だって嫌だが、それ以上に依頼主にあの態度はマズイと思うのだ。それに今回の依頼主である成瀬 透子は、見た目からして人が良くて、更に付け加えて気の弱そうな人だ。所長の餌食になるのは偲びない。
 そう思って、麻衣はなるべく早くお茶を入れて来たのだが………遅かったか。麻衣が部屋に入った時には、すでに透子は涙目だった。あの血も凍る冷血漢め、一体何を言ったのやら。

「お茶をお持ちしました。成瀬さんもどうぞ、ちゃんと茶葉からとっているので美味しいですよ。いかがですか?」

 麻衣が冷血漢………もとい、ナルから透子を庇うように脇に座ると、彼女の肩から少しだけ力が抜けたように見えた。そして、それと反比例するかのようにナルの眉間の皺は深くなった。

「依頼内容は視線や気配を感じる、届け出不明の物が送られてくるという事でしたね。他にはありますか?」
「今の所、変だと感じた事はないです。」
「ならば早く警察へご相談なさったらいかがですか?先程も申し上げましたが、この怪奇の内容は霊的な原因が極めて低いと考えられます。」
「警察にはもう相談しました。でも取り合ってもらえなくて。それに、何か嫌な予感がするんです。どうか引き受けてもらえないでしょうか?」
「この事務所ではなく探偵を訪ねてみてはいかがでしょうか。私どもで出来るのは、病院を紹介するくらいですが。」

 ナルの言葉には明らかに棘がある。けれど透子は頭を下げ続けた。こんな扱いを受けたら、普通の依頼主なら怒って事務所を飛び出すのが常だと言うのに………透子の必死さに、麻衣はつい手助けをしたくなってしまった。

「そんな言い方!成瀬さん、こんなに必死にお願いしているんだよ。よっぽど怖い思いしてなきゃ、こんな風に頼まないよ?
依頼だって元々少ないんだし…ちょっと見に行くくらい直ぐに出来るでしょ?!受けてあげなよ!」

 麻衣がそう言うと、返って来たのは冷たい視線。けれど麻衣には堪えない。だって、二年間もナルと付き合っているんだ。こんなのへっちゃらだ。と言うように、麻衣がナルを睨み返すと彼は溜息をついた。勝った!と麻衣は心の中でガッツポーズをする。
 その間にも、ナルは透子へ依頼を受ける旨を伝えていた。ちなみにナルの声が、何時もより低い事とか時折麻衣を恨めしそうに睨んでいるのとかはご愛嬌。また後で嫌味の一つや二つや言われるのだろうけれど、それすらも今の麻衣には気にならない。

「本当に、本当にありがとうございます!」

 だって。何度も何度も麻衣にそうお礼を言ってくれた透子を見ていると、自分のした事が間違ってるなんて思えなくて。だから、ナル嫌味も耐えられそうな気がした。

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