髪も身体もさっぱりと洗って、湯船につかる。この家の風呂は後から増設したということもあり、土地の関係上狭い。それは湯船にも同じことが言えるわけで、湯船は瞬と弥三郎が入るだけでやっと。キツキツのギュウギュウ詰めだった。

「やっぱり二人はキツかったかー。弥三郎、大丈夫か?」
「大丈夫だよ!狭いけど。」

 狭いと言いつつも、弥三郎は楽しそうに笑っている。瞬と密着したこの環境も不快ではないらしい。一先ずは嫌がられなくって良かった。瞬はホッとする。ここで嫌がられたりしたら、地味に傷付くのは目に見えていたからだ。
 ホッとしたついでに瞬は、弥三郎へ肩まで浸かるように促す。湯冷めは風邪のもと、だからしっかり温まっておかないといけない。弥三郎を預かるという形になっている以上、瞬は弥三郎を風邪っぴきにはできないのだ。

「歌うたうから、その歌が終わるまでちゃんと浸かれよ〜」
「唄?」
「そ、歌。弥三郎は何か好きな歌あるか?俺が知ってるのなら、歌ってやるよ。」
「じゃあ、伊勢大輔の唄。いにしへの奈良の都の八重桜っていう奴!」
「和歌かよ。そーじゃないんだ、弥三郎。」

 歌と聞いて和歌をリクエストしちゃうとか、なかなかお茶目だ弥三郎。弥三郎は真面目に見えて、実は無自覚ボケポジションなのな。そう思った瞬だったが、弥三郎は大いに真面目そうだったのでツッコム気力が削がれた。無自覚なボケを突くほど疲れることはないってね。
 一応リクエスト通りに唄を歌ってみたけれど、この抑揚であっているのかは瞬には分からなかった。瞬とて高校に通っているとは言え、そこまで学業に精を出しているわけではないし。この和歌だって百人一首に入っていたから覚えていたようなものだ。
 けれど、おそらくデタラメなリズムのはずの歌でも、弥三郎は喜んでくれたみたいだ。「面白い」だの「初めて聞いた」だの、うん。これって褒められてるんだよな?喜んでくれてるんだよな?

「まぁ、楽しそうにしてるしいいか………さて、次に何を歌うかねぇ。」
「まだ歌うの?」
「和歌じゃ短すぎだろ。身体がポカポカするためには、もうちょい長い歌じゃないとな〜」

 何の歌を歌おうか。考えを巡らせた瞬は、風呂の小窓から見える夜空を見て思いついた。

「キラキラ星にすっか。」
「きらきらぼし?」
「あぁ、キラキラ星。あの窓から、星が見えるだろう?あの星たちのことを歌った歌なんだ。」

 瞬が指指した窓からは、チラホラと星が瞬くのが見える。町の下から見える星達は、数こそ少ないが強い光を放っていた。光の弱い星達が町の明かりに掻き消されてしまうからこそ、あの空には明かりに負けない強い光を持つ星だけしか残らない。あの少ない星々が、みんなそれぞれ力強く輝いて見えるのはそのせいなのだ。

「弥三郎も歌ってみるか?ほら、俺の後に続けて。」
「「せーのっ」」

 きらきらひかる よぞらのほしよ〜

 二人の歌声も風呂の中で力強く反響した。その声、星々の声にも劣らない。もしかしたら、あの星にまで届いているかもしれなかった。(………というのは流石に冗談だが、二人の歌が風呂の中で大反響していたのは本当だ。)
 最後まで合唱した後で、瞬が弥三郎を見ると、色白な弥三郎がほんのりと赤くなっていた。

「ポカポカになっただろ?」
「ぽかぽか!」

 林檎みたいに赤くてピカピカとしている頬っぺたをして、弥三郎はにっこりと笑った。瞬もニッカリと笑い返す。こんなに楽しいお風呂は久しぶりだった。

 湯気をほこほこ立てている弥三郎を拭いて、瞬も風呂を上がる。弥三郎は、その間もキラキラ星を歌っていた。気に入ってくれたようで何よりだ。
 風呂上がりの牛乳をマグカップに注ぎながら、瞬は自然と笑んでいた。弥三郎の姿は、昔の自分を思い出させる。まだ祖父や祖母、母と父と暮らしていた頃のことだ。あの頃は毎日が楽しくて、楽しくて楽しくて。しかたなかった。

「弥三郎〜冷たい牛乳入れたから、飲むぞ〜」

 キンッキンに冷やした牛乳を飲み干せば、火照っていた喉が気持ちいい。瞬は一気に飲み干してしまった。一息ついて弥三郎を見れば、彼はちょうど牛乳を飲み始めた所だった。
 そういえば、瞬がマグカップを渡した時に、弥三郎は中の牛乳を怪訝そうな顔で見ていた気がする。

「弥三郎、牛乳は苦手だったか?」
「ううん、すっごいおいしい!もっと飲みたいくらい。」
「そりゃ良かった。けど、牛乳はそれ一杯だけな。沢山飲むと腹壊しちまうから。」

 瞬が言うと、弥三郎は「えーっ」と言って唇を尖らせていた。女の子みたいな仕草だ、弥三郎が可愛いからよく似合っているわけだけれども。
 瞬は不満気な弥三郎の頬っぺたをムニムニしつつ、続ける。

「そんなに飲みたいんなら、明日の朝に飲ましてやるさ。だから、今日はもう寝ようぜ。」
「むぅ………わかった。」

 弥三郎は渋々といった様子で納得してくれた。でも未だに少し不満なんだな、まだ頬が膨らんでいる時がある。瞬はそれを見付けるたびに、笑いを堪えるはめになった。
 さて、歯磨きはしたし、牛乳を飲んだマグは洗った。さぁ、あとは寝るだけだ。

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