雨宮家の風呂場は居間から地続きで、曇り硝子の引き戸一枚で仕切られている。因みに脱衣所なんてものはなく、風呂に入るためには居間で全裸にならなければならない。
………瞬が思春期の女の子だったら恥ずかしくて爆死していたろう。ほんと、男に生まれて良かった。
 なんでこんな面倒な作りになったかと言うと、元々土地の少ない家に風呂場を無理矢理に増築したからだとか。実は、瞬自身も小さい頃の話なのでその辺りは自信がないけれど、そういう事にしておいてほしい。だって、今となっては聞ける人がいないのだから。

「風呂に入るから服脱げよー。」
 瞬は机でお絵描きをしていた弥三郎へ声をかけた。弥三郎が持っているのは、瞬のクレヨンである。風呂の準備をしている時にうろちょろされるのが嫌だったので、要らないノートと共に渡したのだ。どちらも小学生の時に使っていた奴だから、無くなっても構わない。そして瞬の思惑通りに、彼はお絵描きに興じてくれていた。手間のかからないこって。
「ふろ?」
「あぁ、風呂だ。だから脱げ。着物が濡れちまうだろうが。」
 瞬がテーブルに行くと、弥三郎は慌ててノートに覆い被さった。小さな手で懸命に、見えてしまう所を隠している。描いた絵を見られたくないらしい、その様子は可愛いものだが………なんと言うか、拒絶されている気もした。
 なるべくノートの方から目を逸らして、瞬は弥三郎に聞く。
「でさ、服というか下着の事なんだがー探してみたけど、お前用に良さげなパンツが無かったんだわ。というわけで、今日はさらし布で我慢してくれないか?」
「うん……?」
「何故疑問系。と、まぁ、とりあえず脱いでくれ。」
 なんだか、弥三郎と意識の疎通が出来ていなくないか?ボタンを掛け違ったかのような違和感を感じたが、瞬は弥三郎の着物の帯を解いてやる。
 あぁ、見た目ではよく分からなかったけれど、触ってみたらこの帯も質のよい物なのだと分かった。やはり弥三郎は良いトコのお坊ちゃんなのだろう。
 弥三郎から脱がした着物を適当なハンガーにかけ、自分も服を脱げば準備は完了だ。瞬は、居間にあった曇りガラスの引き戸をガラガラと開ける。途端、むわっと暑い空気とふわふわとした蒸気が二人を迎えてくれた。
 居間の扉を開けるとそこはお風呂場でした、なんて普通の家ではなかなかお目にかかれないだろうし。恐らく良家の子供である弥三郎にとっては尚更であろう。その証拠に、彼はビー玉のように目をパチクリとさせている。面白い顔だ、写真に収めてみたい。
「これって湯殿なの?」
 前々から思ってはいたけれど、弥三郎の言葉遣いは古めかしい時がある気がする。祖父や祖母の影響で時代劇好きな瞬ではあるが、弥三郎のソレは瞬のような憧れからの真似事というよりは妙に自然で、生々しいというか、リアルなのだ。
 いくら古い家の良家と言ったて、子供がこんな言葉を知っているだろうか?親の影響なのか、それとも………
「実は過去の時代から来ましたーなんて、な。あるわけねぇな。」
「瞬?」
「なんでもねぇ。ただ、そうだと面白いなって思っただけだからさ。」
 そう笑って、瞬は弥三郎と手を繋いで風呂場に入った。因みに、これは子供染みた妄想をして一人恥ずかしくなった瞬の照れ隠しだったりする。実際は案外的を射た発言であるのが、彼自身はまったく預かり知らぬ所であった。
 さて恥ずかしさに密かに身悶えした瞬だが、そんな事はおくびにも出さず蛇口を捻ってシャワーを出した。そして、弥三郎の頭からワシャーっとかける。
 ぴゃっと驚いたような声が上がった気がしたが、「目を閉じとけ。」と言えば静かになった。鏡で確認すれば、弥三郎はキツーく目を閉じている。おかげで顰めっ面をしているみたいだ。明らかに力み過ぎで、それが微笑ましくって可愛い。瞬はクツリと笑った。
「今からシャンプーなー。」
「わっこれ何?何してるの?」
「目ぇ瞑っとけ。これはな、髪を洗ってるんだ。後で俺の見せてやる。」
 そのままシャンプーをかけてわっしゃわっしゃと髪をかき混ぜれば、たちまち弥三郎の頭は泡だらけになった。さながら雲のようだ、瞬は案外剛毛なのでこうはいかない。弥三郎は良い髪質なんだろう。女の子に羨ましがられそうだ。
 シャワーで流せば、その良い髪質の髪が綺麗な白い色を見せた。白いから天使の輪が見えにくいのが難点だけれど、それを差し引いてもプラスになるくらい弥三郎の髪は綺麗な白髪だった。
 それに引き換え剛毛で黒髪、癖毛の自身の髪に瞬は同じようにシャンプーをかけて洗う。弥三郎のようにもこもこっとした泡が立つことはない。前にも言ったかもしれないが、弥三郎に比べたらタワシみたいな瞬の髪は泡立ちが良くなかった。
「これがシャンプーって言うんだ。」
「これが………!」
 だから、感動している様子の弥三郎には申し訳ないというか………お前のはもっとダイナミックに泡立ったんだぞーーー白いアフロを被ったみたいだったんだぞ、と言ってやりたい。が、瞬では見せられないので堪える。そして何も知らない弥三郎の笑顔は、もっと心に堪えた。


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