忘れもしない、葉太との出会い。あれは、小学校に入る少し前くらいだったか。どういう経緯でそうなったかはあまり覚えていないが、二人は一緒に絵本を読んでいた。まだ字の読めなかった佐助に葉太が文字を読んであげて、佐助がページをめくる。小さい子供が絵本を囲み遊んでいる。周りの人には、そんな温かい光景に見えたのだろう………葉太が本を食べるまでは。
 実は周りの大人は気づいてなくても、佐助は気づいていた。葉太の指が本を千切ろうとして、そのたびに何かを思い出して踏み止まるのを。だから葉太が本当に本を千切った時、佐助はあまり驚かなかった。佐助が本当に驚いたのはその後だ。
 千切った本の端っこを、葉太の白い指が口元へ運ぶ。パリッと乾いた咀嚼音。コクリと小さな嚥下音。佐助が事の次第を理解するのには、少し時間を要した。だって、誰だって目の前の人間が紙を食べだしたら驚くでしょう?

「おいし〜、この絵本は焼き立てのカップケーキみたい。ふわふわで、幸せの甘い味がする!」

 何か言うのも野暮になるくらい、葉太はうっとりとしていたけれど………結局、本を千切った事がバレて泣きそうな顔になっていた。そしてそんな葉太を放っておくのも可哀想だったので、どうせ一度だけだと佐助も一緒に怒られてあげたのだ。もう本当、その時はそれっきりの付き合いになると思っていたのに、だ。

「未だに振り回され続けている………と。はぁ、親方様にしても旦那にしても、どーして俺様の周りにはこういう奴ばっかなのかなぁ?」
「それだけ佐助が頼られてるって事じゃない?さて、今日はそんな佐助の日頃の行いに感謝を込めて、僕がお八つを作ってきました。」


 感謝をこめて料理を作った?葉太が?料理のりの字も碌に出来なさそうな葉太が、自信満々に籠を鞄から取り出す。一体どんな代物が入っているのかと身構えた佐助だったが、其処にチマっと入っていたのは見た目普通のカップケーキだった。
 手に取り、一口齧ってみる。見た目は普通なのに、妙にしょぱい。砂糖の代わりに塩が入っているみたいな味。どうやら、葉太は塩と砂糖を間違えてしまったくさい。

「これ味見とかした?」
「………不味かった?」
「いや、不味くはないけど。」

 美味しいとも言えない味だった、しかし食べられない味ではない。それに、料理を全くしない葉太が頑張って作ってくれたのだ。たとえ不味くても「不味い」なんて言えない。
 佐助がカップケーキを食べ終えると、葉太は紅茶を渡してくれた。口の中の塩っ辛さが洗い流される、とばかりに佐助はこれを一気飲みする。そしてようやく一息ついて、葉太を見た。

「葉太、今からカップケーキ作ったりしない?今ならもれなく、俺様がコツを教えちゃうけど。」
「え?」

 目を丸くした葉太に、佐助は思わず笑ってしまった。こんな風に驚く葉太が珍しいかった。だって、いつも驚かされているのは佐助の方なのだから。たまには、佐助が葉太を巻き込むのも許される気がする。

「こんな籠に一個しかカップケーキが入ってなかったってことは、どうせ他は焦がすかなんかして失敗だったんでしょ?」
「それはそうだけど〜なんで追加で作らなきゃいけないの〜〜?」
「今まで俺様が被って来た被害がカップケーキ一個で済むと思うわけ?少なくともあの籠にイッパイは必要だと思うけど〜〜?」

 ぶうぶうと文句を言いつつも、葉太は佐助と一緒に立ち上がる。二人が向かうのは台所だ。そして佐助の宣言通りにカップケーキ作りをするのだろう。
 あと数時間もすれば甘くて良い匂いが漂ってくるから分かる筈。籠から溢れるケーキが沢山、今度は上手に出来るだろう。


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