文学少年こと井上 葉太には、親しい友人にも教えていない秘密があった。
 それは、食べ物の味が分からないという事。所謂味覚障害のようなものなのだろう。
 葉太が食べ物を食べたとしてもその味は感じられず、ただ砂を噛んでいるかのような味しかしない。これは世間一般的な味覚障害の認識に当てはまっている。
 しかし、葉太のそれはプラスアルファで少し変わった要素があった。それが、「物語に対しては、味覚が働く。」というもの。
 と言っても想像し難いだろうから、例をあげてみよう。まず、ここに本があるとする。葉太はそれを読み、味わいながら本を千切って食む。すると、その千切られた本の欠片が、濃厚なチーズケーキのような味に感じられる。と、まぁそんな感じなのだ。
 もっとも、葉太は元々のチーズケーキの味を知らないから、「これは、きっとチーズケーキの味じゃないだろうか。」と勝手に思いこんでいるだけなのだが。

 かくして、葉太は本当に物語を味合うという「文学少年」なのだった。
 そして、彼はこの秘密を(バレない限りは親友にでさえも)話すつもりはなかった。



 秋が深まった頃。地元の商店街を歩いていた葉太は、贔屓にしている古本屋の前で立ち止まった。
 少し小腹も空いているし、此処でお八つでも買おうかな。そう思って店内へと入り、何気なく辺りを見回した。そして、思わず感嘆の声を上げた。

「わぁ………絵本がこんなに!」

 入り口付近のスペース。普段は人気書籍が並べられている其処は、今日は絵本が沢山並んでいた。本棚に付いた手書きのポップには「子供・秋の読書フェア」とある。
 可愛らしい表紙を見て歩けば、懐かしい。小さい頃、よく食べていた絵本が沢山あった。
 蜂蜜をひと匙垂らしたホット牛乳の「おやすみなさいのほん」は、よく寝る前に飲んだし。お母さんの作った朝ごはんをキチンと食べられた日は、ふわふわなカステラの「ぐりとぐら」がご褒美になった。
 もう何年も前の事なのに、読んだ時の事が思い出せる!葉太は、記憶を懐かしく思いながら歩く。その本の表紙を見つけたのは、その時だった。

 随分と古くなっていて、本の角が磨り減っているそれ。葉太の視線は一瞬で吸い寄せられ、ドキドキと胸が踊った。まさか、この本はあの本じゃないか?
 そっと本棚から出して、表紙を見れば近所の図書館の印があって。指で何ページか捲れば、破かれたページがある。あぁ、やっぱりこれはあの本だ。葉太と佐助が友人となる切っ掛けの絵本が、そこにあったのだ。葉太は、その本と佐助に出会った場所を瞼の下に描く。
 それは葉太の家から目と鼻の先にあった図書館。今はもうない其処は、幼い葉太にとって夢のような場所だった。だって、本当に沢山の本があったのだから。葉太の家にも「本の部屋」はあったけれども図書館の方が何十倍も大きくて、この本が全部食べられたらどんなに幸せだろうかと思ったものだ。
 けれど、葉太は普段優しい父親が凄く厳しい顔で「図書館の本はみんなのものだから、葉太が食べてはいけないものだ。」と言ったから、本当は本を食べたいのに我慢していた。………この本を除いては。葉太は、図書館の中にあった絵本置き場を思い出しながら、本の表紙を閉じた。
 件の友人は、二人の出会いを覚えているだろか?葉太には分からなかったが、この本を持っていけば昔話にも花が咲きそうだ。わりと佐助を振り回して来た自覚のあった葉太は、この本を購入する事を決めていた。


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