「これって、野菜スープみたいな味がするんだよ。知ってた?ナルトくん。」
初夏の風に髪を揺らしながら、青年が本を閉じた。表紙には青いチョッキを着た兎がいる。そして彼は表紙を優しく撫でながら、ナルトに謎々を出す。
彼は、ナイという青年だった。ナルトは彼の事をよく知らない。厳密に言うと名前と、偶にこうしてナルトに本を読んでくれる事しか知らなかった。
そして、彼はナルトに本の読み聞かせをした後に、必ず謎掛けをしたがる。ナルトはいつも正解しようと必死なのだが、一度も当たった事が無かった。だから今日こそは当ててみせようと、意気込んでいた。
「さて、この本の作者は誰でしょうか?」
勢いだけでこの問題が分かれば、そもそも今まで一度も正解しないなんて事は無い筈だ。結局、今日の謎々もナルトにはさっぱり分からなかった。
「分からないってばよ………」
五分間頭を捻ったが、降参した。
すると、青年はナルトの金色の頭をふわりと撫でて、教えてくれた。ナルトは周りから敬遠され、疎まれて来たから、ただ頭を撫でてくれるという事だけでも十分嬉しい。ナルトは自然と笑顔が溢れていた。
*
―この本の著者、ビアトリクス・ポターさん。彼女は昔、学者だったんだ。
―学者ぁ?
―そうさ、彼女は菌類の学者だった。本当に熱心で、毎日毎日飽きずに野山を散策したそうだよ。
きっと凄く研究が好きだったんじゃないかな、と青年はナルトを見ながら言った。
「でも、彼女は研究者ではいられなかった。」
一番理解してもらいたかった人に、彼女の研究は理解されなかった。それでも頑張って研究した論文は、読ませてもらえなかった。
「当時の学界は、男性のものだったんだ。女性は勉強なんかせずに、家を守るというのが当たり前の時代だったからね。だから、女性であるポターは門前払いをくらったのさ。」
彼女の論文は叔父さんに代役で読んでもらったそうだが、本当は自分で読み上げたかった筈だ。彼女も認められるために、相当の努力をしただろう。
しかし結局、最後までポターは研究者として認められなかった。そして、彼女は学界を去った。研究者という彼女の夢を諦めてしまった。
「夢を、あきらめる………」
ナルトにも夢がある。一番優秀な忍となる事、それは遠く厳しい夢だ。けれど、けして諦めたくない。絶対に成して見せたい、と思う夢だ。
彼女もナルトと同じだったのだろうか。厳しいに現実に挑み、戦っていたのだろうか。
そして、何時しか疲れ果てて夢を捨ててしまったのか?いつか、ナルトも彼女の様になってしまうのだろうか?
そんなのは絶対に嫌だ。ナルトは諦めるなんて、認めたくない。
「なんで諦めちまうんだってばよ………」
彼女の姿は、未来のナルトかもしれない。それを思うと、喉の奥がカァッと熱くなって…声がかすれた。自分の事のように悔しくて、俯いて爪先を見た。。
そんな時、
―大丈夫だよ。彼女は最後まで諦めてしまったわけじゃないんだ。
ナルトの隣から聞こえた声に顔を上げれば、ナイと視線があった。彼は、ナルトがよく知るその笑顔で、優しく微笑んでいた。
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