短編集 | ナノ



※こちらオリジナルキャラのみのお話です。
 少しホラー描写がありますゆえ、苦手な方は閲覧をお控えください〜

 ナイと雨の兄妹の住んでいるアパートには、よく野良猫がやってくる。妹の雨に『コショウ』と名付けられた猫も、その中の一匹だ。
 コショウは他の猫よりも随分身体が小さく、毛も皮もボサボサで見すぼらしい猫だった。おまけに力も弱いようで、餌やりの時など御飯にありつけていないようだ。ナイはそんなコショウを見兼ねて、他にばれないように餌をあげることがあった。
「お前も雨もちゃんと一人で食べていけるようにならなきゃな。」
 今のままだとナイがいなくなった時、きっと二人とも生きていけないだろうから。ナイは雨にもコショウにも、早く一人前になってもらいたかった。
 けれど猫であるコショウには、ナイの言葉が伝わらなかったのだろう。コショウは頭を撫でられて、嬉しそうに「にぃ。」と鳴くだけだった。

 そう言えば、このコショウだが最近めっきり見かけていない気がする。前は一週間に一度は来ていた筈なのに。最後に来たのが、ナイが新しいバイトを始めた頃だから、約一カ月ほどは見ていないことになる。
 誰かに拾われたのか、なくなってしまったのか。多分後者だろう。この街は人間に都合が良いように出来ているから、彼らに必要とされないものは、とても簡単に命を落とすようにできているのだ。これは仕方のないことだった。
 とある理由で少し有名になっている建物の中で、野良猫を見かけたナイ.はコショウのことを思い出して、すこしだけ肩を落とした。今から死肉あさりをしようとしているナイには資格なんて無いのかもしれないが、見知った者の死はとても悲しいことだった。
 そして死は悲しいものだったが、ここに命を捨てに来る人のおかげで、喰種の兄妹は生きることができるのだ。螺旋階段の上の方で首を吊っている彼を見て、ナイは目を瞑り手を合わせた。ありがとう、ごめんさい。

 しばらくして目を開けると、彼が揺れているように見えた。風が出てきたのだろう。この建物は彼方此方が崩れているから、よく風が通るのだ。
 ナイは大きい鞄と小さい鞄を持ちながら、螺旋階段を登る。彼の所についたらすぐに彼を鞄へと詰めて、紐やその他もろもろの後片ずけをすませた。ここで痕跡を残すのはそこから捜査官への身バレへと繋がる可能性があって、とても危険なのだ。
 そうして掃除をしているナイを、ふと誰かが呼んだようだ。しかし、この辺りに生きたものの気配はしない。気のせいだろうか?とナイは首を傾げる。いや、しかし、確かに呼ばれた気がしたのだが。
 不思議に思っているナイの背後で、ころんと小さな音がした。思わず振り返ると、それは小さい鞄に入れておいた水筒だった。中身はナイの溺愛する妹が淹れてくれた珈琲だ。その水筒が、まるで何かに体当たりされたかのように放物線を描いて落ちていく。
 ナイは慌てて螺旋階段から飛び降りた。それなりの高さがある此処から落ちれば、水筒が壊れてしまうかもしれない。そうしたら折角妹が淹れてくれた珈琲が台無しになってしまう。彼が考えていたのはそれだけだった。
 地面に素早く着地し、走って水筒をキャッチする。良かった間に合った。そして、ナイがほっと胸を撫で下ろした瞬間のことだった。今までそんな素振りを見せなかった螺旋階段が、突然軋み崩れおちたのはーーー

「えっ?」

 音を立てて崩れた階段を見て、思わず呆然としてしまう。自慢ではないが、ナイは喰種の中でも感覚が優れている方だと自負しているのだ。階段はこんなに派手に崩れたのだ、前兆の軋みだとか歪みがあるのが普通な筈。なのに、今まで全く気付けなかった?これは変だ。
 そして、もしも水筒が落ちていなかったら。そうしたら階段の崩落に巻き込まれていたに違いない。喰種だから死ぬことはないが、それでもただでは済まなかっただろう。ナイは背中が寒くなったように感じた。

 その後、気味が悪いので階段の残骸から鞄を回収し、ナイはすぐに家に帰ることにした。因みにこれは予断であるが、家に帰ってから水筒を見るとソコにはあるものが引っ付いていた。そしてナイの話とそのあるものを見た妹は、こんなことを言ったのだ。

「コショウがまもってくれたんだよ!」
「うーーん。そうなのかなぁ。」
「ぜったいそう!お兄ちゃんはコショウのことかわいがってもん!」

 妹はコショウが助けてくれたのだと信じきっているようだったし、ナイも根拠はないがなんとなくその説の気がしてしまう。だからそんなわけで、二人はコショウ分のキャットフードを庭の隅に置いておくことにしたのだった。

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