短編集 | ナノ



 生きるということは、きれいごとでは片付かない。何故なら生きることは、生への執着というドロドロの情念の潰し合いであり。食うか食われるかという、単純かつ残酷なルールのもとに成り立つ地獄絵図なのだ。
 ナイは幼いころに親を亡くして、それを実体験と共に学んで来た。生きるためには弱い誰かを食べなければいけない。誰も助けてはくれない、だから自分は自分で守るしかない。信じられるのは自分だけ。
 こうして、多くの喰種がそうであったようにナイも生に追い縋って生きてきた。人間も喰種もそれを邪魔する奴は、みんな屠るしかなかった。ナイは、ただただ明日も生きていたかっただけなのに。

 生きたい、とそれだけを願って生きてきたナイだったが、いつしか人間にも喰種にも恐れられる存在となっていた。そして、それと比例してナイのことを倒そうとする人間も増えてきた。人間の中でも、喰種を殺すことしか頭に入っていない者達。彼らは「鳩」別名喰種捜査官という人間だ。
 鳩は、耳の周りを飛び回る羽虫のようにしつこかった。潰しても潰しても湧いてくるし、おまけに言葉も通じない。これなら本物の鳩の方が賢いのではないだろうか?

「殺したくないから襲わないでくれって言ったのに、なんでアイツらは襲ってくるんだろうか。」
「それが、鳩の仕事だからだろうね。それが嫌なら、人に溶け込む術を知らなければいけないよ。」
「それって、人に化けるってことか?」
「その解釈で間違っていないよ。私のもとにくるなら、その術を教えてあげよう。」
「へぇ、人間に化ける術か。アンタ、面白いこと言うな。」

 当然現れた黒尽くめの男から、ナイはそう提案された。いつもなら男を殺っているところだが、何故かこの時ナイは話を聞くことにした。
 というのも、その男は不思議なことに殺気が一つも感じられなかったからだ。警戒は勿論抜かりなくしていたが、男は穏やかな雰囲気のまま、最後までそうだった。
 変な喰種だ、とナイは思った。思ったが、同時にそれを好ましいと感じていた。いつか、自分もこんな穏やかな奴になれるだろうか。………懐かしい。父さんに似ている、この雰囲気になれるだろうか?

「俺はナイだ。アンタの名前は?」

 こうして、ナイは「アンテイク」の一員になったという。もう10年以上も前のとても懐かしい話だ。

prev / next
(1/4)

[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -