短編集 | ナノ



 ナイは世界で一番美しいと呼ばれる種族であるミロカロス。昔は、生まれ故郷である暖かい川の中で、沢山の弟妹と仲良くらしていた。今は、ある人間に捕まえられて、その人間の手持ちポケモンとして生きている。
 今の生活は、餌に飢えることもなく病気になれば薬がキチンと貰える。物質的には昔よりずっと豊かな筈である。けれども、ナイの心にはポッカリ穴が開いているみたいで…………昔が、生まれ故郷の川が、弟妹達が恋しくて恋しくて仕方ないのは何故だろう?

 その理由が分かったのは、会いたくて会いたくてたまらなかった弟妹の一人と再会したからだった。

『ナイ姉さんだ〜!』
『貴方も人間に捕まってしまったのね…でも元気そうで良かったわ。』
『うん!僕ね、すっごい元気だよ。だってね、ご主人と旅をするのが楽しいんだもん!』

 ポケモンセンターの中の、水ポケモン用プールで、弟は嬉しそうに飛び跳ねた。人間には「醜い」と馬鹿にされることもある姿の弟だけれど、こうして跳ねる姿はとても無邪気で美しい。
 彼は不思議なことに、あの故郷にいた時よりも、不思議と輝いて見えた。そして、そのことに気づいたナイの心は、ザラついた錆で擦られたかのように小さな痛みを感じた。
 ナイがその胸の軋みを隠している間もずっと、弟は「自分のご主人」について楽しげにお喋りをしていて。ナイには、この子が今とても幸せなことが分かってしまっていた。

『〜でね、ご主人ったら間抜けだから、アイスを落っことしちゃったんだ。その時は大変だったんだよ、ご主人泣いちゃうんだもん!って、姉さん聞いてる?』
『え、ああ、そうね。聞いてるわ。』

 弟が幸せなのは、ナイとしても幸せで安心なことだ。それは間違いないこと。けれど、どうしてだか、ナイの心は弟の話を聞けば聞くほど不安に揺れるのだ。
 様子のおかしくなったナイを、心配顔の弟が覗き込んでくる。ナイは慌てて笑顔を取り繕った。

 弟を見ていると、痛いほど痛感することがある。それは、弟が自分の主人を愛し、主人から愛されていること。ナイが弟を大切に思うのと同じように、弟は主人に思われている。
 弟が主人のことを、まるで家族のように話すことから、ナイはなんとなく悟ってしまった。ナイの主人は弟の主人と同じ人間でも、全く違う生き物だったのだろうということを。………一生気付きたくなんてなかったのに。

『お姉ちゃん?聞いてる?』
『聞いているわよ。…あれ、貴方のご主人?手を振っているわね。』
『あ、本当だ。もう用事終わったんだ〜僕行かなきゃ。じゃあね、お姉ちゃん。』
『ええ、次に会う時は貴方のご主人さんに挨拶させてね。弟がお世話になってますって。』

 弟の泳いでいく先に見えたのは、プール際に立つ少年だった。褐色の肌に活発で頭のよさそうな顔立ちの子供。彼の後ろにいる仲間と思しきポケモン達も和気あいあいとしていて、まるで本物の家族みたいだった。
 成果と見栄の化け物にばかり追われている、ナイの主人とは大違い。きっと、ナイは彼らが羨ましかった。訂正、ナイだけじゃない。ナイと一緒に彼に捕獲されたポケモン達、みんな羨ましいと思った。

 同じように人間に捕まって、同じように水槽を泳いでいるはずなのに。どうしてこうも違うのか。なぜ、今の主に捕まってしまったのか。なざ、弟の主のような人に出逢えなかったのか。…いつか、自分はこの窮屈な水槽の中から出られるのだろうか。
 歪で窮屈な水槽で泳ぐミロカロスは、故郷を思い自分を慰めるしかなかったのだった。

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