短編集 | ナノ



※ちょっとした死ネタ?で、ほんの少しのホラー風味あります。苦手な方はご注意を!

 それは佐助が深手を負った日のことだった。

 なんとか追手を撒いたものの、腹にパックリと開いた傷から命が零れ落ちていく。歩くことさえ辛かったので、木に身を預る。冷たい指先が、佐助に終わりの時を感じさせた。
 こんな所で事切れるなんて、旦那に申し訳ない。苦い笑いをうかべた佐助は、しかし一歩も動けなかった。
 そんな時、佐助の耳にサクサクと草を踏む音が聞こえてきた。段々と近づいてくるそれは、先程の追手のものだろうか。
 辺りを警戒して見回すと、暗い闇の中にボンヤリと灯りが揺れている。その灯りを見て、佐助は何故か警戒することを忘れてしまう。だって、その光はとても優しい色をしていたのだ。
 灯りに見惚れて、苦無を投げれなかった佐助。やがて、近づいて来た灯りが、佐助の前に持ち主の姿を浮かび上がらせた。

「えっ、ナイ?アンタ死んだんじゃなかったの?」
「うん、パタッと死んじゃったねぇ。で、佐助は何なの?なんか死にかけてるじゃん?」
「アハーーー」
「その胡散臭い笑い止めい。」

 灯りの持ち主は、もう四年も前に亡くなった筈のナイだった。佐助もその場を見ているので間違いない。
 あの頃、流行り病で旅立ったナイは、骸骨もかくやというくらいにやせ細っていたのに。灯りに照らされたナイは、細身だがしなやかな筋肉を持ち、よく佐助と供にかすがをからかっていた時の彼だった。
 死んだ筈の彼が、なんで元気そうな姿で現世をほっつき歩いているのか。「死んでも、俺様に会いに来たかったわけ?」佐助が茶化すと、ナイは満面の笑みを貼り付けて言った。

「かすがになら会いに行ったかもしれんけど、お前のためにそこまでしないさ。今日は生まれ変わるために、現世へ戻ってるだけさ。」
「生まれ変わり?ナイ、また赤子になるわけ?」
「そうなるな。で、この灯りが俺の新しい命なんだと。」

 手元の提灯を揺らしたナイ。佐助には、提灯の中で蛍のような光が輝いているのが見えた。これが命。懐かしくて温かく、佐助には少し眩しい。荒唐無稽な話ではあったが、その光を実際に見た佐助は納得した。
 これからナイは話の通りに、生まれ変わって。そして、今ここで命を落とすだろう佐助は、生まれ変わったナイとは会えないのだろう。残念だった。

「そっか。ナイの生まれ変わる先が、忍とかじゃないといいね。アンタ、人を殺るの苦手だったじゃん?ナイは甘味所の長男とかの方が似合うよ。」
「男に甘味屋勧めんなよな。まぁ、確かに甘味作りは嫌いじゃないんだけどさ………」

 そこで言葉を途切れさせて、ナイは佐助の隣に座った。提灯の灯りから、温かな温度が伝わってくる。

「でも、俺は佐助がいない世界に生まれ変わっても楽しくないと思うんだよ。」
「殺し文句?男からなんて嬉しくないよ。」
「や、わりと本気で。佐助とはなんだかんだでふざけ合うの楽しかったわけだし。佐助が居なくなったら、俺のオフザケに付き合ってくれる奴がいなくなるじゃねーか。」

 真面目な顔で言うナイに、佐助は思わず吹き出してしまった。腹が裂けるような痛みも、(実際は比喩でもなく裂けているわけだが)気にならない。
 確かに、里にはナイとそりの合う人間は佐助しかなかったけれど。忍の里でなければ、きっとナイの悪ふざけに付き合ってくれる人間なんてご満悦といた筈なのに。
 そういう人間達よりも佐助の方が良いと、ナイは言外にそう言っているのだろう。心の友よ、なんてお互いに言うがらではないけれど、きっと二人とも心の何処かでそう思っていたのかも。
 お互いに相手のことを知り尽くしていて、考えていることが手に取るように分かってしまう。そんな友人通しだったから、佐助にはナイの言おうとしていることが分かった。
 そんなことは本当は嫌だ。けれど、佐助が嫌がることも知っていて、ナイはその言葉を言うのだろう。佐助の知るナイは頑固だった。

「佐助、」
「うん。」
「………生きろよ。」
「ああ。」

 ナイの手から提灯が滑り落ちる。それは佐助の腹に落ちて、中から沢山の光をなだれさせた。佐助の視界が光で隠される。
 あぁ、なんて熱い光なのだろう。身体という身体の隅まで、熱い何かが巡ったように思える。あぁ、なんて優しい色なのだろう。遠い昔に見たことがあるような、ひどく安心する色。
ーーーさよならだ。
 意識のなくなる前に、光に塗り潰された目蓋の裏で、ナイがこぼれおちるような微笑みを浮かべていた気がした。

 佐助が目を覚ますと、野鳥がチヨチヨと鳴く朝になっていた。ボンヤリと視線を腹に落とす。昨日の傷は跡形もなく消えていた。
 あの出来事は夢だったのだろうか?いいや。それは違う。違うのだと、ボロボロの防具に被った大量の血糊が語っている。

「死人に心配されるとか、俺もまだまだってことかなーーーま、ナイに激励されたし、頑張って生きますか。」

 佐助は腹の上に置かれた提灯を空に掲げた。もう、中には何も入っていないけれど。まだほんの少し温かい。ナイの命の余熱だった。今、佐助の中にあるソレと同じ色をしていたもの。武田の屋敷へと戻る佐助の中で、その命は尚も輝き続けていた。

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